sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード40)・・・R2.2.29①

            エピソード40

 

 目の前を脚の綺麗なお姉さんが通り過ぎれば、普通の男なら数メートルは目で追ってしまうものである。

 同時に、暫らくの間は胸の中がざわざわと波立っている。初めは大きく、やがては小さく、その内さざ波にはなるが、中々消えない。

 駅のプラットホームや通勤電車の中で、何の関係も持たない男たちが一斉に同じ方向に顔を動かし、その先を美脚の持ち主が何食わぬ顔ですっと通り過ぎて行く様子は、見ているだけでも可笑しい。

 一方、見られている女性たちの気持ちは一体どうなのか? たとえば、

「化粧や服装、アクセサリー等のお洒落に凝るのは、何も男性の為ではなく、自分が楽しみたいだけのことよ」

 と自分も信じているかの如くに言っている女性を何人も知っているが、事実のところはどうなのか!?

 それを真っ赤な嘘と否定し切れるかどうかは別にして、たとえ上のように言った人が何人か居たとしても、それが全体を表しているわけではない。

 実際、誘惑にせよ、媚にせよ、威嚇にせよ、他人の目、更に神の目を意識して化粧、服装、アクセサリー等のお洒落が発達したことは歴史や民俗学をちょっと齧ってみれば分かることである。

 要するに、元々は外からの目を意識して成り立って来たことで、時代を経るに従って、その根本的なところをあまり露骨には意識せずに目的に沿った行動を取り、ことが上手く運んでいたのが、やがては目的の方を忘れ去り、自己完結的に生きる女性も増えて来つつあるというところだろうか?

 さてここに1人、以上の話より更にかけ離れた、いわば規格外の女性がいた。奈良県立の底辺に位置付けられる西王寺高校の生物教師、増井静香、25歳である。

 静香は男性たちのがさつな軽口の中にも平気で入って行き、理屈的には通らなくはないが、勉強一筋の女子学生なら開陳しそうな、殺風景なお説を大真面目に披露して白けさせるのを得意とする。本来ならば色っぽく、照れるような話でも、生物的な、それも穿ったようなお説にされると、折角盛り上がっている雰囲気でも、一遍にしゅんと沈んでしまうのだ。

 そのくせ、静香には変な趣味があった。趣味と言えるのかどうかも分からないが、少なくとも習癖にはなっていることがあった。

 静香は西王寺高校の近くに住んでいる為、田んぼや倉庫、工場等に沿った長くて真っ直ぐな道を自転車に乗って通勤しているのであるが、そのとき必ずと言っていいほど超ミニのキュロットスカート、ホットパンツ等、美脚を気持ち好いほど強調する出で立ちで颯爽とやって来る。時にはフェミニンなミニスカートをひらひらさせてやって来るから、危なっかしいし、わざと見せているかのようにも感じられる。

 そして生物準備室に着いたら同僚の男性教師たちに、これも日課のように言うのだ。

「ウフフッ。今日も私が通ると、おじさんや男子生徒たちが目で追って来るの。今日はおじさん15人、男子生徒20人よっ!」

 それからおもむろに、その新鮮なデータを教育委員会から支給されたノートパソコンの中に用意してある自分専用のフォルダーに記録する。何だか男性の生態でも研究しているかのようであった。もう何年分ものデータが蓄積されていた。

 静香のこの変った性癖が面白く、また静香自体に興味を持っている男性教師がそれなりに居たから、静香がやって来る頃には生物準備室に男性教師が何人か屯していた。

 静香の見場自体は、飛び切りの美脚だけではなく、全体をとっても十分に整っており、ただファッションモデル並みに引き締まっているだけではなく、グラビアモデル並みにメリハリも結構利いている。この頃流行りのK-POPスターになぞらえれば、グループに頼らず、ピンでもトップを張れるG.NA(これを書いた当時、結構受けていたが、日本より米国的なセクシーさ、クールビューティーっぽさが売りの歌手)顔負けのスタイルを持っていたし、容貌もよく似ていた。

 ただ、違っていたのは表情で、口を開けば全てが自分なりの理屈に則った言葉の羅列であったから、色気、潤いと言ったものが全く感じられなかった。喋らせなければ、まだマネキン、3Dグラビア写真か何かとして通らなくもないが、喋らせれば更に不調和な感じが漂い、接した男性たちはもやもやした違和感に苛まれた。

 ストレートな性行動を取るにはエネルギーが足らず、勉強のし過ぎで頭ばかり発達した変態チックな男性教師たちには、このアンバランスなところが堪らなく癖になるのかも知れない。その点で極めてノーマルな筆者にはよく分からない世界であるが、事実は小説より奇なり。あるものは仕方がない。些か極端ではあっても、またそれをはっきりとした言動に表すから違和感があったとしても、静香も女性のひとりには違いない。そして、こんな風に考えながらお洒落をしている女性もいるということである。好きか嫌いかは別にして、事実は事実として受け入れようではないか。

 その静香が違和感を覚え、多少揺らされる相手が以前から1人居て、今年になってもう1人出て来た。

 以前から居たのは地学教師の沼沢幸作である。桂木彩乃が入学して来て直ぐに惹かれ出し、3年生になった今年の冬頃まで諦め切れなかったことには既に触れた。

 彩乃が西大寺学園の西木優真と付き合っていることがはっきりしてからは流石に諦めたが、それでも直ぐに家庭科教師の秋野久美と付き合い出したから、中々隅に置けない。

 それがおかしなことに、幾ら初心(うぶ)に見えても沼沢は女性に十分興味があるはずなのに、静香の方をとんと見ないのだ。

 初めは極端な羞恥からと思うことで静香は心のバランスを保っていたのであるが、それも違う。沼沢はどうやら一途なタイプのようで、興味を持っている女性以外に目が行かないタイプらしい。

 今年新たに出現したのは藤沢浩太である。彼の場合も初心で恥ずかしがりには違いないが、矢張りそれが理由で静香の方を見ないのではないようだ。沼沢と同様、一途なタイプのようで、噂になっている剣道部の顧問、安曇昌江を見る目は十分に熱く、潤んでいる。

 しかし、違和感を持っても、静香は別に焼き餅を焼いているわけでもなさそうだ。研究対象としているテーマの偶然、つまりは単なる雑音なのか? それとも見逃していた希少な新事実なのか? それを位置付け切れず、もやもやした状態に戸惑っているというところか? 浩太と沼沢自体に男性として強い興味を持っているというわけではないようであった。

 静香がこんな風に些か変わった性癖を持つに至った原因として、考えられることがなくはない。

 静香の実の父親、吉富正男は静香が物心つくまでに亡くなっており、記憶に残っているのは小学校に上がる前に正式に新たな父親になった増井悦雄である。

 正式にとわざわざ言うのは、実際にはもっと前から母親の都美子と浅からぬ付き合いがあり、静香が小学校に上がるのを機に籍を入れ、一緒に住むようになったからである。

 その前には同棲することも、泊まることさえなかったから、その点では両親ともきっちりしていたようである。

 ただ、一緒に住むようになってから暫らくの間は好かったが、都美子が下の子を妊娠してからがいけなかった。

 と言うか、その辺りからの記憶がすっかり飛んでおり、思い出そうとしても、靄がかかったようではっきりしない。無理に思い出そうとすると、締め付けられるように頭が痛み出し、のた打ち回ることになる。

 そうなったら休むしかない。学生時代からそんなときのことを考えて、生理痛が酷いということにしてあった。

 普段の、風貌こそ完璧な女性であっても、中身はまるで理系の男性である静香から考えて生理痛とは中々想像し難いのであるが、男性は元々単純である。妙齢の女性に、「生理痛が酷い」と言われると、錦の御旗か、もしくは水戸黄門の印籠、はたまた遠山の金さんの桜吹雪を見せ付けられたようなもので、ただただ恐れ入るしかない。

 勿論、静香にとってそんな笑いごとではなかった。何度か専門家の手を借りようとしたこともあったが、その度にのた打ち回り、時には死にそうな目に遭ったこともある。性的な虐待を疑って、巧妙にではあるが根掘り葉掘り聴かれたり、直接痕跡を調べるように勧められたり、トラウマを余計に抉られそうになったことも一度や二度ではない。

 その内に無駄な抵抗はしなくなり、それと並行するように、今の奇妙な性癖が形成されるに至った。

 記憶が確かになるのは施設に居る時のことで、高校卒業後、施設を出て、大学に進学している。それまでの空白部分については、分かった方が好いのか? このまま靄の中に置いたままの方が好いのか? 実際のところ分からないが、少なくともまだ知るべき時ではなかったようだ。

 専門家ではないので、何故そうなのか? 詳しくは分からない。強いてその理由を挙げれば、その状態を守るべく、本来はもっと色気のある話になるはずのことを、馬鹿馬鹿しくも、あまりにも無機質に扱ってしまう性癖として形成されている、ということであろうか?

 要は防衛機制の一種である。

 ただ、この夏までは違和感を覚えた2人、浩太と沼沢に、歪にせよ興味を持っていた部分もあるから、今後、変化への兆しが期待出来なくもなさそうである。

 変化した結果、楽な人生が送れるかどうかは分からないが、少しはノーマルに戻るのは確かであろう。結局は受け入れられるような自分の人生を取り戻せるのであったら、それで好しとしたい。

 

        其々に変な性癖持ちながら

        人は自分を受け入れるかも