sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(19)・・・R2年1.16①

                                   第2章   その9

 

        逸早く経験すれば偉いのか
        一目置かれご苦労のこと

 

 木島聡は学校において成績が特に好いわけでもなく、運動が出来るわけでもない。容姿も体格も十人並みであったから、本来ならその他大勢として目立たない生徒のはずなのに、男子生徒からは一目置かれていた。
 女子生徒からも、一目置かれているわけではないが、そっとしておく、と言った感じで、微妙な距離に置かれていた。
 木島が周りと違っていたのは経験と言う一点であって、北河内高校において当時としては珍しく、同級生の間山峰子と一緒に、勇気を持って未知の世界に分け入ったらしいのである。
 安城透によると、木島は峰子の家に遊びに行き、偶々家人が外出しているのを好いことに、勢いで大人の関係になってしまったと言う。
 ちょうど下着を着け終えたときに家人が帰って来て強く咎められたが、

「まだ何もしてないし、大人になったら結婚する積もりやから・・・」
 と言い逃れたらしい。
 小学生の頃から女性に強い興味を持ち、性徴が顕わになるのも早かったが、感じ易く、そんな自分を受け止めるほど強くなかった藤沢慎二は、恋の実体験においては至極幼い。それ故、安城を含め、他の男子生徒ほどはっきりしたものではなかったが、木島にやはり少し違う雰囲気を感じ、少なからず戸惑っていた。軽い陰、湿り気、汚らわしさ、秘密と言った、今まで安住していた子どもの世界ではむしろ好いとは思われなかった、しかし少しは覗いてみたかった世界の匂いを感じ、どう扱っていいのか分からず、出来れば今暫らく触れずにおきたかったのである。
 慎二同様、他の男子生徒が憧れながらも逡巡するままに高校時代を過ごし、後からさも懐かしげに「高校三年生」等の青春歌謡を歌いながら切ない思いに胸を熱くするのに比べれば、そういう意味でも木島の行動は、一昔前の青臭い青年たちにとって、ある種、称賛に値するものだったのかも知れない。
 と言っても、それはあくまで同級生、幼馴染、知り合いの年上の女性等、素人の女性との多少なりとも恋情を伴う関係の延長上のことであって、風俗嬢との乾いた肉体関係などは問題外であった。

 

        関係は恋がなくても持てるもの?
        其処にロマンを想像しつつ

 

 男子校に通っている岸川友也はセックスにおいて慎二よりもう少し現実的な考え方をしていた。元々考えるより先に感じるまま行動するところがあるから、男子校に進むことにより、それがより磨かれたと言えるのかも知れない。恋とセックスを完全に分けて考えることが出来ていた。
 たとえば付属中学から岸川の通う桃の宮学園高校に入って来た生徒の中には、既に中学の頃から風俗に通っていた奴も多いらしい。幼馴染とも遊びの延長で気楽にセックスを経験し、高校時代には日常行為として楽しむ猛者もいたと言う。
 そんな輩に刺激された岸川は、学校からそう遠くない旧色街に遊びに行き、味気ない関係の末、大人の世界に足を踏み入れたようである。
 後から岸川がその話をちょっと自慢げにするのを聞いても、慎二は安城から木島の話を聞いたときほどの興味も興奮も覚えなかった。ただ、淫靡な響きがしただけであった。
 薄暗い裸電球の下での、年も顔もはっきり分からず、気がない故の締まりのない商売女との事務的な排泄行為だったように聞こえた。

 何でそんなことに急があかんねんやろぉ~? そんなただれた関係を持ちながら、もしかしたらまだ秋元玲子とも付き合っているんやろうかぁ~!? よくそんなことが出来るものやなあ。ほんま、神をも畏れない裏切り行為やんかぁ~!
 羨ましさを超えて、そのときの慎二にはとても受け入れられない汚れた世界であった。
 そう言う意味では、赤線(公認の売春が行われていた地域の俗称)が廃止(昭和33年)されるまでの間、多くの青年たちが本音と建て前を上手く使い分けて遊び、その後も実質はそんなに変わっていない。岸川たち男子校の生徒もその系譜を自然と引き継いでいるのに比べて慎二は、建て前の世界のみの中でもがいていた。

 しかしもっと考えれば、何時の時代においても慎二のような不器用でロマンチストな男性は居たと見え、遊女との恋は小説や映画の普遍的な題材となっている。身体だけの関係としてしまっては救われないものがあったのだろう。
 そして、全てを知っているはずの我が国の大人たちの多くが、延々とプラトニックな関係を繰り広げる韓国ドラマ(15年ぐらいの前、たとえば「冬のソナタ」とか)にはまるところを見ても、割り切った考え方を出来る人ばかりではないようである。
 そうだ! 私は私の生き方で好い。競争ではないんだから、自分に合った生き方をすれば好いではないか!?
 そう思えるようになってから慎二は、以前ほど他人のことを羨ましく思わずに生きられるようになった。

 勿論、慎二が朧げながらもそんな風に考えられるようになったのは、全てを経験してからのことであって、高校時代の慎二にはとても無理な話である。
 要するに慎二は、この後も長い間純愛を求めつつ、性の妄想に悩まされるしかないのであった。

 

        心では純愛求め
        体では淫らな刺激欲するのかも