sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見た目が9割!?(最新版その9)・・・R3.12.9①

              その9

 

 令和2年3月12日、木曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムレコーダーに職員証をスリットした後、3階まで息を切らせながら階段を上がり、割り当てられた執務室に入る。

 既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端に何本か大きなひびの入った液晶画面を何やら熱心に見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、頻りにメモを取っていた。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 何時もの朝の挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症に関する騒ぎが彼方此方で益々大きくなっていること、ファンドさんの一番の関心事である株価に大きな変動が起こっていること、東京オリンピック延期の声が無視出来ないほど大きくなっていること等、一頻り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、そばにはテザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろに年季の入った256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して壊さないように「神の手」にゆっくりと挿し込み、休みの間に家で書き続けている私小説っぽい作品、「明けない夜はない!?」の一部を取り出して加筆訂正を始める。

 ファンドさんの関心は既に投資情報の方に移っており、再びiPhoneの液晶画面を見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。

 

          明けない夜はない!?

            その3

 その後も色々あったにせよ、宗教キャンプが何とか無事に終わり、昭江の心が誰かに奪われはしないかと言う健吾の心配もどうやら杞憂に終わったようだ。

 

 そして8月を迎えた。

 そんな或る日のこと、北河内市立図書館の自習室での勉強がひと段落着いて、健吾は昼食を摂りに駅前の食堂街に向かった。

 何軒か並んでいる中に目立たないうどん屋、「さぬき庵」があり、落ち着きそうなのでそこに入ることにする。

《玉子丼にミニうどんかそばが付いて500円かぁ~。まあまあやなあ・・・》

「いらっしゃいませ~」

 入ったら直ぐに弾むような声でそう言ってお茶とメニューを持って来たバイトらしい女の子の顔をちょっと見上げると、

「あれ、君はもしかしたら~?」

 それは昭江であった。

 昭江も直ぐに気が付いたようで、

「お兄さんも、もしかしたらこの前のキャンプに?」

「うん。君も行ってたんやなあ!?」

「はい!」

 その時はそれだけのことであったが、それでも健吾は気持ちが大きく揺らされ、何を食べたのかも分からないまま北河内市立図書館の自習室に戻った。

 それから2時間ほどが経ち、健吾がそろそろ帰る気になっていた頃、昭江が自習室に入って来た。

 周りの反応は前と変わらず、ササっと視線が集中する。

 流石に健吾は慣れて来て、それに昼のこともあるから、余裕を持ち、微笑みながら黙礼した。

 昭江も微笑みながら恥ずかしそうに黙礼を返す。

 その時もそれだけのことであった。

 

 それから数日後、健吾がやはり北河内市立図書館の自習室で問題集を開いて勉強していると、背中から突然のように、柔らかくしっとりとした声が掛った。

「あのぉ~、隣に座っても好いですかぁ~?」

 昭江であった。

 健吾はよほど集中していたのか、珍しくその時までは気が付かなかったようである。

「あっ、はい!」

 そう返すのが精一杯であった。

 それから自分に割り当てられた範囲を超えて広げていた数冊の本、ノート、筆記用具等をそそくさと片付け、手元に引き寄せた。

「ウフッ。そんなにしなくても大丈夫ですよぉ~」

 そう言いながら昭江は微笑み続けていた。大分年上のはずの健吾の慌てようが何だか可笑しかったし、嬉しかったようで、その今にも甘やかな芳香を放ちそうな顔からもう恥ずかしさは消えていた。

 健吾は余計に眩しくなり、それから暫らくは問題集が頭に入って来なくなっていた。

 その健吾に昭江が小声で声を掛ける。

「あの~、この問題ですけど・・・、解き方分かりますぅ~? 私、数学が凄く苦手なものだから・・・」

 それは数Ⅰの代数幾何の比較的基本的な問題であった。健吾にすれば、得意ではないが、そう難しくもない。緊張しながらもノートの端にササっと解いて見せた。

「あっ、そうだったんですか~!? 最初からそうやればよかったんですね? ありがとうございます!」

 昭江は心底感心しているようで、大きな目を輝かせている。

 それからも幾つか訊かれ、健吾は自信を持って淀みなく答えた。

 そんなことが続いた或る日のこと、健吾が小声で教えていると、分厚いレンズの丸眼鏡を掛けた小太りの学生に、

「うるさいなあ! ここは神聖な図書館やで~。ここでそんな風にイチャイチャされると、いっこも勉強になれへんわぁ~!」

 はっきりと言われてしまい、健吾と昭江は気まずくなってそそくさと片付け、自習室、そして図書館を出た。

「ハハハハハ」

「ウフフフフ」

「つい声が大きくなってしもたなあ?」

「そうですねえ」

「中野さん、好かったらこれからファミレスでも行けへん?」

 数日前にお互い自己紹介は済ませていたので、10歳違うことまで分かっていたが、まだ呼び捨てには出来ない。健吾は極度の女性恐怖症でもあった。それでもそんな風に気軽に誘えるぐらいには慣れて来ていたし、思わぬ出来事が2人の心を解してもいた。

 昭江も笑いながら答える。

「そうですね! でも、そんなに丁寧に呼ばなくても、普通に名前で呼んでくれたら好いですよ・・・」

 と言うか、むしろ名前で呼んで欲しそうであった。

「ほな、昭江ちゃん。そこのガストにでも入ろか~!?」

 健吾の弾んだ様子、照れた様子が可笑しかったが、昭江はそれ以上何も言わず、黙って付いて来た。

 それからは日曜日の午後になると、駅前のガストで一緒に仲よく勉強する2人の姿が見られるようになった。

 

        少しずつ距離が近付き垣根取れ

        共に勉強胸弾むかも

 

 その辺りまでを見直して加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせると8時10分ぐらいになっていたから、ここで置くことにした。そして「愛のバトン」をそっと引き抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみとしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさも少し残っていたが、ちょっとは自信も出始めて来たので、「神の手」を再び開き、メルカリさんの方にその液晶画面を向けて、見せながら問いかける。

「メルカリさん、どう、これぇ? この前もちょっと見てもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、あの主人公と好きな女の子が能勢の宗教キャンプに行ってどうたらこうたら言うてた小説ですかぁ~!? あの後2人が一体どうなったのか? ちょっと気になってたんですわぁ~。それにしてもブログさん、毎朝、よう精が出ますねえ・・・。フフッ」

 半分呆れ、半分感心しながら、

「どれどれ、ふむふむ、・・・」

 気の好いメルカリさんはさっと目を走らせながら、

「おっ、あのブログさんが好きやった女の子と北河内に帰って来てから再会したんですねえ~!? いよいよ若い2人の間で恋も始まるわけやあ~。なんや甘酸っぱいし、こそばいなあ。フフッ」

 どうやらますます実際通りと受け取られているようである。

《然もありなん。でも、ここも実際とは大分違うことを言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「違うってえ~! これぇ、何回も言うてるように、あくまでも小説やってえ~。全くの作り話やからなあ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「フフフッ。本当かなあ? やっぱりこれも殆んど自分のことちゃいますのん!? 何時やったかブログさん、若い頃は北河内に住んでた、と言うてましたやん!」

 なまじ当たっているだけに、慎二としては事務を担当するちょっと気になっている依田絵美里の手前恥ずかしく、やはりここでは強く否定しておくことにした。

 依田絵美里は25歳とまだまだ若く、慎二の胸を射る恋のキューピッドの十分射程圏内にある。

 それに、昭江のモデルとしている思い出の子ほどではないにしても、十分に可愛い。何でも学生時代はテニスをやっていたようで、負けないぐらいにスタイルが好かった。 

 それだけではなく、思い出には往々にして彼のスタンダール大先生が宣う結晶作用が入っており、実際にはそんなに変わらないことも大いにあり得る。

「いや全然違う! 俺が大阪に帰って来て勉強や就活している時に、そんな子は絶対おらんかったんやぁ・・・」

 言い訳めいたことを言っては、慎二はまたちらっと絵美里の方を見る。

 絵美里はオヤジの与太話になにか興味はないと思わせる風に視線をさっと逸らすが、頬を紅潮させ、耳がひくひくさせていることでそれは完全に失敗していた。

 オヤッという顔をしながらも、メルカリさんはそれには触れず、

「ハハハ。でも、再就職してからかどうか分からへんけど、何処かでそんな素敵な子との出会いが絶対あったはずやと思いますわあ~! そうでないと、こんなリアルに書けるはずないですわあ~!? ハハハハハ」

「違うってえ・・・」

 それ以上否定するとかえって肯定しているように思われそうであるから、慎二はもう何も言わず、ただ顔を真っ赤にして耳をひくひくさせていた。

 メルカリさんはこれ以上からかうのは酷かと思い、軽やかに立ち上がり、給湯室までコーヒーを淹れに行った。

 空かさず絵美里が近付いて来て慎二の机の上に熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みをそっと置いて行った。何も言わず、慎二の方を僅かにねめつけながら・・・。

 もっともそれは慎二の胸に一物があるからこその勝手な印象で、実際のところは分からず、闇の中であった。

 

        与太話分かっていても揺れる胸

        戸惑いを観て我もまた揺れ

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 職場と言うのはただ生活の糧を稼ぐ為の場ではなく、夢を追い、達成感を得る場でもある。

 

 他人から認められ、自信に繋がることもある。

 

 新たな自分を発見出来ることもある。

 

 その過程で、他人に傷付けられ、他人から癒されることもある。

 

 心の揺れは当然のように友情や恋にも繋がって行く。

 

 それは幾つになっても変わらない。

 

 と言うか、現実の恋として成就するのが難しくなって来るほど、胸の中では遣る瀬無く、燻るものかも知れない。

 

 それを自分勝手な思いで成就させようとするから時には醜悪なものにもなり得る。

 

 心しておきたいことである。