エピソード5
安曇昌江は自分の心の動きが見えず、戸惑っていた。
と言うか、本当は見えているのだが、昌江の常識と度量では受け入れ難いことなので、どうしたものか、身動きが取れずにいたのである。
「彼とは年が違う・・・」
「と言っても9つ。今では、よくとまでは言わなくても、まあなくはないことよ!」
「でも、彼とは立場が違う・・・」
「確かに、ね。でも、元々そんな常識は人が勝手に作ったもの。それに人が縛られ過ぎるのはよくないわ!」
「私は地方とは言え、国立の京奈和大学の文学部を出ている。でも、彼はこんな片田舎の最底辺の高校にようやく入れただけ・・・」
「ふん、何よ! そんな考え方、実はあなたが一番嫌っていたはずよ。それでよく人権教育なんて出来るわね。この偽善者!」
「でもでも、ママやパパに知られたら・・・」
「確かに・・・。でも、それだって言ってみなければ分からないことだわ。ひょっとしたらあなたよりさばけているかもよ。ほら、あなたのパパはママより3つ下、なんて言ってなかったっけ?」
「それはそうだけど、こんな気持ちが知られたら学校でどう言われるのか・・・」
「お堅いあなたとしてはそうでしょうね。でも、この頃の男の人なら一回りや二回り離れていても見かけることだし、ちょっと元気な人や芸能人なんか、もう一回り離れたカップルだって結構噂になっているわ。おまけに左近寺先生のように、不適切な婚外恋愛を人目も気にせず平気で楽しんでいる人もいる。それに比べると、あなたと彼の関係なんてごく普通の恋をしている、いや、してもいない、しようとしているだけ・・・」
「でもでも、私はともかく、彼は私のことをただの先生か部顧問として慕っているだけで、私のこんな気持ちを出してしまったら、白い目で見て離れて行くかも・・・。きっと離れて行くわ!」
「ほら、やっぱりそれが怖かったの!? 最後にやっと本音を出したわね。ウフフ。本当はそれが一番怖かったくせに・・・。と言うか、それ以外はどうでもよかったくせに・・・」
「どうでもよくはないけど、彼の気持ちが一番気にかかっているのは事実。彼からすればこんな私なんて・・・」
「おばさんに過ぎない、って? ウフフ。やっぱりそこに戻って来るのね。千日手と同じで、このまま気を揉んでいても切りがないから、どうにかしたいのなら、年上で、大人とまでは言えなくとも、社会経験もあるあなたから勇気を出してみることよ」
「どうにかしたいなんて、そんなこと別に・・・」
「ほらまた誤魔化す・・・」
本当に切りがなかった。それが時々結構大きな声となって出てしまうから、周りの人をきょろきょろ振り返らせ、戸惑わせてしまう。昌江本人の耳には本当に聴こえているがごとく、であったから、ほとんど統合失調症の世界であった。
そんなことはつゆ知らず、浩太にとっては相変わらず、昌江のことは雲の上の存在。マドンナであり、更に天使のように崇めていた。