sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(エピソードその19)・・・R4.3.9②

         エピソードその19

 

 結構残暑がきつい大阪でも、8月の半ばを過ぎると流石に朝夕幾分過ごし易くなる。

 もっともそれはピークに比べればと言うことで、動き回れば昼間はまだ十分に暑かった。

 そんな中を青木健吾は、今週は居住地の大阪府、来週は伯母の住む愛知県と言う風に採用試験を受ける為に忙しく動き回っていた。

 受けていたのは大阪府の一般公務員、教員、それに愛知県の教員であった。

 既に初夏に終えて合格していた1次試験は何れも一般教養問題であるから、殆んど変わらない。したがって同じ対策で済むこともあり、またこれまでに企業の採用試験も含めて幾度となく同様の問題で受験して来た経験もあるから、比較的楽に通過出来た。

 たとえば小学唱歌の楽譜が何小節分か示してあって、その曲名を答える問題等もあり、幅広くはあるが、その分、自分の専門とは関係のない、平易な問題が多い。

 さて盛夏に実施された2次試験であるが、筆記試験の方は教員採用試験が圧倒的に気楽であった。物理ならば物理、それも高校であれば高校レベルと、受ける学校のレベルに合わせてあって、国内のどこに行こうがそれはそんなに変わるものではない。

 ところが一般公務員の方はそうも行かず、地域に即した政治、経済、社会、更に法律関係も含めてそれなりに勉強しておかなければ対応出来ず、書くには書いたが、今一自信が持てなかった。

 それだけではなく、愛知県の方は内容的な自信に加えて伯母の関係の強いコネもあったから、余計に気楽な面もあった。

 結果、大阪府の方は一般公務員だけではなく、採用人員の急激な削減があって、教員の方の採用試験も上手く行かなかった。

 そして愛知県の方は両面からの自信によって普通に? 合格していた。

 わざわざ普通にと書いたのは、その後に然る筋から得た情報によると、特にコネは必要がないぐらいに、まあまあ優秀な成績を収め、それを参考にして、更に社会人経験も加味して困難校に配置されたと聴いた。極めて小心者の健吾にとっては気楽に臨めたことが大いに効いたのかも知れない。

 それはまあともかく、そうなると伯母、早乙女瞳として気になるのは、見通しが持てず今一もやもやとしている見合いの展開である。お茶、お花の教え子である井坂恵子を紹介し、恵子からだけではなく、健吾からも犬山方面で1回デートしたとは聴いているが、思わしくないのか? その後何方からも話題に出て来ない。

 健吾が愛知県の教員採用試験に合格したと聴いても、見合い話の進展については何の音沙汰も無かった。

 流石に焦れて来て、恵子がお稽古を終えた後に声を掛けてみる。

「ちょっと恵子ちゃん、悪いけどお稽古の後に少し残ってくれる?」

「はい・・・」

 ちょっと表情が強張ったように見えたが、拒否はしなかった。

 そして恵子は片付けを手伝いながら、他の教え子が皆帰ってしまうまでの間、30分ほど待った。

 ひと段落した時、瞳は勇気を出して訊いてみる。

「ごめんなさい。本当は貴女が自分から言い出すまで待っているべきなんだろうけど、私はやっぱり年かしら、健吾との2人のその後の展開が気になって・・・」

「・・・・・」

 恵子はどう答えて好いものか暫らく迷っている様子であったが、覚悟を決めたように話し始める。

「すみません。どうして好いのか分からなくてぇ・・・。それに青木さん、採用試験の関係で夏の間ずっと忙しそうでしたし、気持ちの余裕もなさそうに見えたので、のんびり待っていた方が好いような気がしていました」

 そう聴いて瞳はパッと顔を輝かせ、

「そうだったの! だったら健吾のことが嫌と言うわけではなかったのね!?」

「はい! それはもう・・・」

 年齢から考えて2人ののんびりした付き合い方、自分との遣り取りの間延びした感じを考えても、お互いにそんなに惹かれているわけでもないことが分かりそうなものなのに、瞳は戦争の関係で伴侶を早く亡くした分、男女間のそんな機微には疎かった。

 それがこの場合には悪くなかったようである。健吾に訊いてみても、特に嫌でも無さそうに見えたので、再度2人の背中を押し、9月の半ばになって健吾と恵子は名鉄特急に乗って、1回目のデートで行った「明治村」と同じく、犬山にある「野外民族博物館リトルワールド(※1)」まで出掛けた。

 この日の恵子は自然な感じで髪をふぁさっと下ろし、軽くウェーブが掛かっていた。メイクは薄く、細かな起伏のある広い園内を長時間歩き回ることを考えて淡いブルーのブラウスに洗い晒しのジーンズ、それにナイキのスニーカーと、健吾にすればどこかで観たようなようなスポーティーな恰好であった。

《あっ、昭江に似てる!? 2人とも同じぐらいに背も高いし、脚が長い。それにスタイルの好いところも・・・》

 目が自然とハートマークになっていた。

 それが分からない恵子ではない。終始にこやかで、好い感じのままデートが進み、ごく自然に次のデートを2週間後に約束していた。

 この辺り、観ている方からすれば、何故次の週にしないのかともどかしいところであるが、この2人、そこはのんびりしているのか? 特に急いではいないようであった。

 本当のところが恵子の方は分からないが、健吾はそれだけでなく、明らかに昭江のことが頭にあった。ただ似ているから好いものではない。なまじ似ているだけにデートをしている最中でも余計に昭江のことが気に掛かって来て、もやもやするものがあった。

 

 そんなことを分かっているのか? それとも気にもしていなかったのか? その辺りよく分からないまま、昭江は勝負の夏を確り乗り切ったようであった。夏の終わりに行われた校内の実力テストでは浪人生も入れた受験生の中で45番、学年の中では22番と、完全に国立浪花大学の合格圏に入っていた。

「凄いやん! これはもう国立浪花大学を目指すしかないなあ」

 兄の陽介であった。自分はレベル的に少し下の国立阪神大学に通っており、3回生になっていたが、だからと言って変なジェラシーは感じられず、素直に応援している目であった。

「凄いやん! 昭江、流石やわぁ~、私なんか少しも変わらへんしぃ・・・」

 そう続けるのはお調子者の葉山澄香であった。

 あれぇ、ここはどこ?

 疑いなく昭江の家であった。昭江と健吾の勉強会に付き合ってから澄香は昭江と過ごすことが多くなり、その流れで自然と昭江の家に来ることも増えていたのである。

 それだけではなく、昭江を持ち上げた後、陽介と澄香が目を合わせ、微笑み合う様子には何だか濃密なものが漂い始めている。

 この2人、どうやら気が合ったようで、本当は少しでも早く2人だけになりたくてむずむずしている。この後も2人だけで宝塚のファミリーランド(※2)に行く約束が出来ていた。

「変わらへん、言うても澄香かて250番に入ったんやろぉ~!? ほな、昭江や俺と一緒に勉強する前と比べたら50番ぐらい上がってるやん!」

 他ならぬ自分が気を入れて教えたと言う気があるから、陽介は自分のことのように嬉しそうであった。

「そりゃそうやけどなあ・・・」

 そう言いつつも澄香も嬉しそうであった。

「ごちそうさま。さて、私はこれから独りで寂しく勉強しますので、お姉さま、ごゆっくりぃ・・・」

 昭江は観ていられず、リビングのソファーから立って、自室に向かった。

「お姉さん、ってぇ、まだ結婚もしてへんのにぃ・・・」

 と言いながらも澄香は何だか嬉しそうであった。

 そんな澄香を陽介は可愛くて仕方が無いと言う感じで、にこにこしながら見詰めていた。

 そして台所からは、そんな2人を優しく見詰める母親、徳子の姿があった。

 徳子には2人がもうすっかり出来上がっていることを女の勘もあって気付いており、それを悪いこととも思っていなかった。

 ただ、男として確り責任を持った行動をするようにと、陽介には釘を挿してあり、陽介もそれに異存は無かった。

《付き合ってみると、澄香はお嬢様育ちではあるが、確りとしているところは確りしており、勘が好く、当意即妙の反応をすることが出来る。一緒に居れば楽しい人生を送れそうやぁ・・・》

 そんな気にもなり掛けていた。

 

 また、柿崎順二と橋本加奈子であるが、順二が進路を決めて落ち着いたこともあり、元々2人仲好く殆んど同じレベルを保っていたこともあって、勝負の夏も2人して上手く乗り切れたようである。校内の模擬テストにおいて順二が受験生全体では156番、学年では123番、加奈子が受験生全体では148番、学年では118番と、市立浪花大学の合格圏内に確り入っていた。

「あ~あっ、ホッとしたなあ。ほんま、漸くやでぇ~! これはもう狙うしかないわなあ!? フフッ」

 順二である。きらきらと目を輝かせている。それを観て加奈子も嬉しそうに、

「本当やわぁ!? これはもう狙うしかないわぁ~!」

 決然たる目をしている。

 この2人、夏休みの間も息抜きにデートを楽しみ、将来に繋がる受験と言う目的を忘れないように2人で節度を守っていたらしく、勉強の方も予定以上に捗ったようであった。

「よし、次の外部模試では絶対にA判定に入ったるでぇ~!」

「そうやね。入ろぉ!」

 揺らぐことなく、秋に向かってまた一緒に勉強を続けた。

 

 それから丸山康介と安藤清美である。夏休み中、ひらパーでの初の本格的なデートをし、キスまで交わすと、そこまではもう普通になっていた。一緒に勉強する合間の公園デートの後、毎回人波が絶え、陰になるところを積極的に探すようになり、挨拶代わりにお別れのキスを交わすのであった。そしてそこで終わるのがもどかしくなって来た。

 そんなもやもやがあった所為か? 校内の模擬試験において康介は学年で11番、受験生全体で18番と、ちょっと停滞気味であった。清美が学年で21番、受験生全体では40番と上がっていたのとは対照的であった。この2人、少々リズムが合わない感じもあり、その辺りがちょっと興味深いところであった。

 康介もそんなことを感じたのか? 賭けでもするように清美に持ち掛ける。

「よし! 過ぎたことを何時までも悔やんでいても仕方が無い。俺たちにとって大事なことはこれからやぁ!? 今度の中間テスト、それから外部模試では絶対的な合格圏に入って見せたるでぇ~! ところで、清美は上手いこと行ったみたいやけど、そこまで行ったんやったら、これからは国立京奈大学を目指すべきやと思うわぁ~。清美も何か目標立てて、それでもし2人とも上手いこと行ったら、またちょっと豪華なデートでもしよぉ!?」

 2人でもっと深い関係になろうと言いたかったが、今風のトレンディードラマではないから、それは口が裂けても言えなかった。

 もっとも、そんなことは言わなくても、若い女性特有の勘で清美にははっきり分かっていたが、その相手が康介であれば、決して嫌なことではなかったので、

「そうやなあ。私の場合は国立浪花大学でも十分なんやけどぉ、康介と一緒に行こうと思ったら、目標はやっぱり国立京奈大学の合格圏に入ることかなあ・・・」

 それで何とか約束はなった気になって、取り敢えずの目標に向かい、また2人だけの勉強会に熱が入って来た。

 

        夏を終え仕上げの秋に向かいつつ
        最後の波を感じるのかも

 

※1 名古屋鉄道通称名鉄)が1983年3月に開園したテーマパークで、敷地面積が123万平方メートルと、日本では2番目に広いと言う。因みに一番は長崎県にある「ハウステンボス」で152万平方メートルと、圧倒的に広い。ただ、それは国内のひとつのテーマーパークでと言うことで、たとえば「東京ディズニーシー」と「東京ディズニーランド」からなる「東京ディズニーリゾート」の場合は200万平方メートルになる。また、米国のフロリダ州にある「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」の場合はその60倍もあると言うから、上には上がある。

※2 阪急電鉄が開いた遊園地で、その前身である温泉施設は1911年に開園された。その後、プール、歌劇場、動植物園等も加えられて、戦後は高度経済成長期に伴うレジャーブームと共に発展して行ったが、その後大型テーマパークの開園もあって、レジャーの質が変化して行き、残念ながら2003年8月には閉演されている。