sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

熟年ブロガー哀歌(2)・・・R2.4.5③

               その2

 

《あ~あっ、何かブログに書きたくなるような話の種はないかなあ!? 行き帰りに見聞きすることなんてたかが知れているし、職場なんてもっと狭い世界だもんなあ・・・》

 書けそうなことが中々浮かばず、困り果てた大林は帰り道でまたスポーツ新聞を買い、ざっと目を走らせた。

《うん、何々。私は若い男の子なんて頼りなくて嫌! 話していても少しも面白くありません。人生経験豊かなオジサン、私とメール交換しませんか? 夢見る乙女より。ってかぁ~!? 確かに、話して味があるのは俺たち熟年だけど、本当かなあ、これ? この前はまんまと騙されて、思い切りいい加減な『熟年ブロガー養成講座』なんか売り付けられちゃったし・・・。でもまあ、もしかしたらこれで話の種が出来るかも知れない。よし、騙されたと思って、もう一度チャレンジしてみるかぁ~!?》

 夕食後暫らくして書斎に入った大林盛夫は携帯電話機を取り出し、早速書いてあるアドレスにメールを送ってみることにした。

 

件名 はじめまして

はじめまして。恥ずかしながら、お言葉に甘えてメールをさせて貰います。私は今年で53歳になったオジサンです。名前は大林盛夫と言い、地元の中小企業で長いことしがないサラリーマンをやっています。趣味は下手な歌を詠んだり、日記を付けたりすることで、たまには小説も書きます。それと、韓国ドラマが大好きで、ときどきウルウルしながら見ています。よかったら君のことを紹介して下さい。


 手紙を書くことに慣れて来た大森は、何だか短いような気もしたが、メールは短めにした方がいい、とテレビでお笑いさんが言っていたことを思い出し、適当なところで抑えた。

「まあ、返事が来るとしても、直ぐには来ないやろぉ~!?」

 期待も抑えながら、待つとはなしに待っていると、30分ほどしたとき、携帯電話機がブルブルと震え出した。

「あっ、本当だったんだ・・・。意外と早いなあ。フフフッ」

 

件名 こちらこそ、はじめまして

早速メールありがとう。私は23歳で、名前は浅田のりと言います。のりと呼んで下さい。地元の中小企業でOLをしています。オジサンとよく似た地味な日常かも知れませんね。趣味は陶芸とお茶です。渋いでしょ!? 韓国ドラマ、私も好きですよ。オジサンのこと、もりおと呼んでいいですか? よかったらまたメール下さい。

 

《23歳かぁ~! 娘の香音より若いなあ。中々好さそうな子じゃないかぁ~!? でも、もりおにのりかぁ~。何だか照れ臭いなあ・・・。フフッ~》

 同じようなことを返して来ただけなのに、相手が若い女の子だと思うと、直ぐに好意的に見ようとしてしまう。要するに疑うことを恥ずかしく思っている、昔気質の単純な中年オヤジであった。

 気を好くした大林は、のりのことをもっと知りたくなり、またメールを発信した。


件名 ありがとう、のり

のりちゃん、若いのに私のようなオジサンのメールの相手をしてくれて、どうもありがとう。OLさんでしたか。私と同じようなものですね? 何だか緊張しますが、親近感も湧いて来ました。と言っても、それは私だけのことかなあ?
ところで、どちらの方にお住まいですか。私は大阪府大東市というところに住んでいます。ゴチャゴチャした町ですが、近くに山があって、悪くないところですよ。


件名 ありがとう、もりお

こちらこそありがとうございます。初めから言っているように、私は若い子と話しても少しも面白くないから、経験豊かなオジサンとメールを交換したかったのです。
それから、同じようだなんて畏れ多い。大先輩として、また相談に乗って下さいね。
ところで、大東市って野崎観音があるところですよね? 私は愛知県に住んでいますが、大学のときに偶然、その辺りの出身の友達がいて、遊びに行ったことがあります。私の住んでいるところは愛知県の安城市で、普段は田んぼの広がる、静かでのんびりとしたところです。普段はと言うのは、先日まで愛知万博が開かれていたからで、そのときは流石に彼方此方大賑わいでした。

 

《う~ん、ほんと、好さそうな子だなあ・・・》

 結晶作用もあり、益々そのように思えて来たが、それ以上送ってしつこがられるのを怖れ、大林は逸る気持ちを抑えた。

《うん! 適当なところで満足しておかなければ・・・》

 そして大林は心地好い眠りに就いた。

 

 翌日も夕食後、書斎から発信した。


件名 朝夕涼しくなりましたね

朝夕めっきり涼しくなり、段々秋めいて来ましたね? 今年は殊の外残暑が厳しかったのですが、10月半ばともなると、流石に過ごし易くなって来ました。
ところで、大盛況の内に愛知万博が終わり3週間、其方の様子はどうですか?

 

 今度は30分経っても、1時間経っても返信がやって来ない。

《一体どうしたんんやろやぉ~!? やっぱり、しつこいから嫌われたのかなあ?》

 心配で仕方なくなった大林は10分毎に、暫らく経つと5分毎に携帯電話機の着信ランプを確かめる。

 それでも着信が無く、諦めて寝床に就いたとき、携帯電話機が漸くブルブル震え出した。

《あっ、やっと来た!?》

 大林は取るものも取り敢えず、携帯電話機を手にした。

 妻の侑子とは寝室を別にしているから、そんな醜態を見られる怖れはない。


件名 朝夕涼しくなりました。

返事が遅くなってすみません。それに、夜遅くすみません。
此方も朝夕大分涼しくなりました。愛知万博が終わり、祭りの後の静けさといった感じです。この抜けたような感じ、私は嫌いではありません。ただの静けさではなくて、どこか充実感があり、自信も窺えるから、むしろ好きかも知れません。

 

《う~ん、若いのに似合わず、中々ものの見方が深いなあ・・・》

 待たされた分、返事を貰ったのが余計に嬉しく、大林は折り返し直ぐに発信せずにはいられなかった。

 

件名 行ってみたいな

そんなに充実したところなら、もう一度愛知県に行ってみたくなりました。愛知万博には、行くには行ったのですが、大勢の人に圧倒されて、殆んど見ることが出来ませんでした。だから、今度はのんびりと観光してみたいですね。大変厚かましいお願いですが、時間を取れる時で結構ですので、案内して頂けないでしょうか?

 

 発信してから大林は、普段からは考えられない自分の大胆さに驚いていた。そして、そんなエネルギーを与えてくれたメールというアイテム、それにのりに、改めて惹かれるものを感じていた。

《でも、いきなり迫られて、彼女、怒り出さないかなあ? これでは頭に血が上った若いお兄ちゃんとちっとも変わらないかも知れないなあ。フフッ》

 のりに強く惹かれるものを感じるからこそ大林はついつい卑下してしまう。


件名 ぜひ来てください!

どうぞどうぞ。OLと言っても派遣なので都合は幾らでも付けられます。遠慮なく来てください。決まったら日程をお知らせください。

 

《来たぁ~!》

 返事は驚くほど直ぐに来た。大林はもう天にも昇る気持ちであった。

 それから暫らく寝られず、翌朝は起き辛かったが、気持ちの高揚はそ職場に着いてからも続いていた。そして、その日大林は上司にどんな無茶を言われても、会議でどんなに責め立てられてもにこにことしていたので、周りの皆から気持ち悪がられていた。

 

 それからも毎日何度となくメールの遣り取りを楽しみ、週末の連休、幸い、愛知県で適当な展示商談会があったので、会社と妻の侑子にはその為に行くと偽り、喜び勇んで出発した。

 と言ってもけちな大林のこと、勿論新幹線ではなく近鉄電車の方を選んだ。

 どうやら今回の場合、それが幸いしたらしい。のんびりとした景色の中でゆったりとした時間を持て、逸る気持ちを宥めてくれたのだ。

《そうやなあ!? いい年をしてあんまりギラギラした目をしていたら嫌われるしなあ・・・。あくまで愛知県を観光する為に来たんやぁ。そこにたまたまのりがいた。そうやぁ。それだけのことなんやぁ~ぁ》

 そう自分自身に思い込ませようとする大林の目は既にキラキラと輝いていた。

 この辺りが熟年の特権で、気持ちは十分にギラギラしていても、目までギラギラ輝かせるほどのエネルギーは既にないから、少しは落ち着いてキラキラぐらいに見えるのである。むしろ華やぎと映っていた。

 それはまあともかく、胸の高鳴りを何とか抑えて待ち合わせの場所に行ってみると、既にそれらしい女性がいた。

《ええと、年は23歳で、確か三省堂の手提げ袋とブルーの日傘を持っているんだったな・・・。あっ、あの人だ! 可愛い!! 本当だったんだぁ~!? もしかしたら怖いお兄さんとかオカマと言うこともあり得ると心配になったこともあったけど、嘘じゃなかったんだぁ・・・》

 落ち合った後暫らく名古屋城テレビ塔、名古屋港水俗館、名古屋ドーム等、名古屋市内の有名なところを案内され、夢見心地になっている大林にのりが優しく声を掛けた。

「お疲れになったでしょう?」

 大林としてはここで素直に答えるわけには行かない。熟年としての矜持が許さなかった。

「いえ、そんなことは・・・」

 しかし、身体は至極正直である。何でもない出っ張りに思わず蹴躓き、よろよろとしてしまった。

 それでも大林は精一杯の虚勢を張り、磊落振って、

「ハハハ。いや、恥ずかしいところを見られてしまったなあ。いい格好をするものではないですね!? やっぱり疲れていたようだ。ハハハハハ」

 のりは軽やかに受け止め、気を利かせる。

「ウフッ。私の前で無理しなくてもいいですよ。それじゃあ、少し休憩しましょう。ちょうど私もコーヒーでも飲みたかったところだし・・・」

 流し目で誘って返事を待たずに、のりは足早にスタスタ歩き出した。

《おっ、一体何処に連れて行ってくれるのかな!? どうやら恥ずかしいらしいなあ》

 大林はあらぬ期待をし、必死になって付いて行くと、そこは区画整理され、歯抜けのようになった街で、ポツンポツンと数軒ある中の一軒、地味な平屋に案内された。

「ふぅ~、ふぅ~、のりちゃん、若いだけあって流石に足が速いなあ・・・。ここはのりちゃんの家、じゃないなあ!? のりちゃん、安城市に住んでいると言っていたから・・・。こんなところで喫茶店??」

「ウフッ。心配しなくてもいいですよ。ここはのんびりと夢を見られるところですから・・・。そんなに怖がらないで、さあどうぞぉ!」

 そう言われて、それにここまで来て入らなければ男が廃る。

 なんて大林は小心者に似合わぬ覚悟を決めて入り、静かにドアを閉めた。

 その途端にプシューと言う音がしたかと思う間もなく、大林は気を失った。そして、期待通りに(?)、天まで昇ってしまったのであった。

 と言っても別に死んだわけではない。地味な建物はカモフラージュのようで、どうやらそれは宇宙船の入り口へと繋がっていたようだ・・・。 

 

        怪しげな誘いに乗って来てみれば

        不思議な世界繋がるのかも