sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード25)・・・R4.5.19①

            エピソード25

 

「母ちゃん、お握り2つほど作ってぇ~。それに水筒にお茶入れといてなぁ~」

 藤沢浩太はテレビのBS放送で910に合わせ、ウェザーニュースで生駒地方の今日の天気が晴れたり曇ったりであることを確認して、予定していた通り、生駒山を超えて瓢箪山辺りまで歩いて行くことにした。この前の休みは矢田丘陵を越えて奈良公園まで歩いて行ったので、今回は大阪方面を散策するつもりである。

 起き掛けで聞くとはなしに2人の話を聞いていた父親の慎二は、傍に置いていたウエストポーチから小銭入れを取り出して、少し迷ってから500円玉を差し出した。

「これでマクドか吉牛にでも入れるやろぉ? ちゃんと食べやぁ~」

 浩太は急な雨や思わぬ疲労で電車に乗ることも考えて、自分でも1000円ぐらいは用意していたが、多ければより安心であるから、有り難く頂いておくことにする。

 お握りとお茶の用意が終わった母親の晶子は、高校生に対して500円では可愛そうに思ったのか、黙って300円追加してやった。もう500円としないところは小心者のでけちな慎二への気遣いである。

「有り難う。ほな行って来るわぁ~」

 浩太はご機嫌で家を出た。

 普通は友達を誘うか、何人か気になる異性も居るのだから、その内の誰かを誘うところであろうが、友達の方はともかく、異性の方に自分からアプローチする気は今のところ全くなかった。

 正確にはそう言い切ると嘘になる。誘いたい異性はいても雲の上の存在(あくまでも浩太の気持ちとしては)であるから、おいそれとは誘えないし、残りの異性は彼女らが浩太に強く惹かれているだけで、浩太にとって彼女らは特別な存在でもなかった。

 それから友達の西木優真、尾沢俊介であるが、彼らはともにそれぞれの彼女と居る時間の方が長くなっているし、偶に会うときでも、最早一緒に山登りに行くことなどなくなり、繁華街(※1)にお茶をしに行ったり、ショッピングに行ったり、都会的な雰囲気を楽しみに行くことが普通であった。

 それはまあともかく、家を出てみると、風が意外に冷たく、10月に入ったことを如実に感じさせられた。

《さて、今日はどのコースを取ろうかなあ?》

 前回は生駒山上の遊園地を目指し、思ったより時間が掛かった。それにケーブルカーの線路に沿うコースを取ったので、大して面白味はなかった。

 少し迷った末、浩太は南生駒から西に向かって登り、暗がり峠を越えて枚岡に繋がる国道308号線にコースを取ることにした。

 奈良県側はカーブが多く、その分、傾斜が緩やかで、景色、そして空気を楽しむことが出来た。それに、暗がり峠の近くには吉本の大御所、宮川大介、花子夫婦とその弟子たちが住んでいると言う。何処かで出会わないか? それも楽しみのひとつであった。

 東大阪市に店を構える出入りの本屋さんから大分前、枚岡から暗がり峠まで1時間半、暗がり峠から南生駒まで1時間半、計3時間ほどで歩けるコースと聞いていたが、中学時代に鍛え込んだ脚には軽く、浩太は1時間もしない内に暗がり峠を越えた。

 暗がり峠には幾つか食堂があり、それぞれに風情がある。中には宮川大介行き付けの定食屋があり、晶子はそこで話を弾ませて来たことがあった。何でも大介は毎日のように昼食を摂りに行っているそうで、結構理屈っぽく、想像以上に滑舌が好い(※2)ようである。

 それはまあともかく、観光地値段と聞いていたので、浩太はそのまま素通りして当初の目的地である瓢箪山まで行ってしまうことにした。

 下りの道はほぼ真っ直ぐと思えるほどの急坂で、意外なほど細い。慣れたドライバーでないとよく道を踏み外し、脇に広がる畑等に落ちるそうだ。

 その割に車がよく通るので、歩いていても緊張を強いられた。遠くに広がる霞んだ下界を見下ろしている爽快感はあっても、田舎の澄んだ空気に馴染んだ浩太の目にはあまり嬉しい光景でもなかった。

 それでも、爽快感が今日の目的を思い出させてくれた。

 ここ数日、浩太の胸はどうももやもやしていたのである。

 先週の休みからであった。弓道部主顧問の左近寺周平とその妻芙美子、それに左近寺の弟子で矢張り弓道部顧問の安曇昌江を奈良市にある弓道場の大会で見てから、左近寺にあった邪念の方の心配は振り払われたが、昌江の方の心配が新たに生じた。

 噂の原因は左近寺の一方的な邪念によるもので、昌江は弟子故に遠慮がちに断わっていただけ、と浩太は思い、安心し掛けていたのに、あの時の昌江の様子を見ていると、どうも違ったようだ。時々憧憬の念を持って見上げる瞳の奥がきらりと光り、むしろ左近寺の方が穏やかで落ち着いていたように思えたのである。

 何も宇宙まで行かなくても、日々見慣れた低い生駒山(※3)の上から少し下界を見下ろすだけでも効果はあったようだ。浩太は独り相撲ばかりしている自分が馬鹿馬鹿しくなって来た。

 考えてみれば昌江の気持ちなど少しも聞いたことがなく、勝手に舞い上がり、疲れて冷めた後、迷いに迷った末、狭い経験から結論を導き出しては落ち込んでいた。その一体何処に真実があると言うのか!?

《ともかく、今自分は安曇先生のことが好きやし、弓道も好きやぁ~。それだけは本当やから、今はそれで好い。一緒に弓道を楽しめればそれで十分やないかぁ! 将来のことなんかまだ分からへん。分からへんけど、真面目に生きとったら、結果はどうあれ、きっと受け入れられるはずやぁ~》

 自分勝手に欲望を満たす気もなかったから、浩太はすっきりした気分で枚岡神社の境内に入った。

 この辺りでもまだ見晴らしがよく、人生の大問題である異性のことが取り敢えず腑にストンと落ちた慎二は、今度は将来のことへと思いを馳せた。
 2年生からのコース選択に絡めて大学への進学か就職かで多少揺れていたのであるが、どちらの道も先はまだまだ闇の中である。

《嗚呼、どうしたらええんかなあ~? 母ちゃんはできたら大学に行く方がええ、言うし、父ちゃんはどっちでも好きなようにしたらええ、と言うけど・・・、先が分からへんから、どちらが好きかも分からへん。勉強は好きやないからこのまま何も考えんと大学に行くのもどうかと思うし、でもしたい仕事があるわけでもない。それで決めてしもて一生その仕事をするのも何か変な気もする・・・。嗚呼、俺は一体どうしたらええんかなあ~? どうしたいんかなあ~?》

 そう思い悩んだ振りをしている内に(実際には見晴らしの好さ、好い空気に十分癒され、心地好い幸福感に包まれていたから、気持ちは大分軽くなっていた)、クラスメイトの柿本芳江のことが思い出された。

《そう言うたらあいつの悩みもこの頃は大したことなさそうやなあ~。相変わらず深刻そうなことを言うてることもあるけど、俺と話しててもにこにこして、何や悩んでいることがファッションか何かのような気もするし・・・。ほんまに悩んでたとしても、精々このぐらいのところから下界を見下ろしてたらそれで十分癒されてしまいそうな気がするなあ~。フフッ》

 そんな風に思え、今度来るときには芳江を誘ってやっても好い気がして来た。独りでも寂しくはないが、横に芳江が居ても悪くはない気がして来たのである。

 境内に聳える杉を見上げると、木漏れ日がキラキラと美しかった。

 深呼吸すると秋の冷ややかな空気が気持ち好く胸を満たし、浩太は自分が凄く正しい判断を出来ているように思え、更に幸福感が増して来た。

 下界に降りて、瓢箪山の商店街に入った浩太は現実感が増し、何時も通り慎二譲りの小心者に戻った。

 駅近くにスーパーを見つけたので辛ラーメンカップを買い、お湯を入れて貰った。

 それとお握りで昼食を済ませて、残りは貯めておいて模造刀かゲームソフトを買う資金の足しにする積りである。デート代にしようとなどろ露ほども思わないところは相変わらずであった。

 それはまあともかく、お湯を零さないように気を付けながらラーメンのカップを持って枚岡神社を目指して戻り始め、途中の適当なところで昼食を摂るつもりにしていたが、探すと中々見当たらず、結局枚岡神社まで戻ることになった。

 伸び切った辛ラーメンは少しも締まらず、冷えたお握りとの相乗効果で気持ちの悪い満腹感を与えただけであった。

 要するに腹は充ちても少しも満足感が得られなかった。

 それからの行程はただ帰る為だけにあったようで、少しも気持ち好くなかった。

《あ~あっ、下手にけちらんといたらよかったなあ~》

 浩太は時々競り上がって来る嘔吐感を何とか抑えながら、重い足取りで暗がり峠を越え、南生駒を目指した。

 この間ずっと残っていた気持ち悪い満腹感は、小学校6年生から中学校2年生にかけての思春期真っただ中にあった自分を思い出させ、何だかおかしかった。

 頭の中は一杯詰まっているようで、もう何も入らないぐらいなのに、何も見えず、何も考えられない。勿論、勉強なんか手に付くはずもない。綿か雲みたいなもので満たされているような混沌とした気持ち。今日はお腹の中がちょうどそんな感じだったのである。

《やっぱり独りで好かった。こんな恰好悪いとこ、何ぼ気安くなった芳江にでも見せられへんわぁ~》

 振り返ると生駒山に黒い雲がかかっており、ぱらぱらと数滴、雨が落ちて来た。

 それに、ただ見られたくないだけではなく、もう少しの間は変わり易い自分の気持ちや秋の澄んだ空気の変化を独りでじっくり楽しんでいたい気がして来た。

 

        散策し気持ちの整理付けながら

        秋の変化を楽しむのかも

 

※1 生駒辺りに住んでいる者にとって行き易い繁華街は長く近鉄奈良線を中心に使って来たこともあり、南、すなわち難波界隈となることが多い。奈良市の方に向かうことも偶にはあるが、飲食店、量販店等において都会的な面を求めれば、やはり大阪方面に出ることになり、北、すなわち梅田界隈よりも南を選び易い。

※2 お笑い芸人が抜けているように見えたり、活舌が悪いように思えたりするのは別に悪いことではなく、そう受け取られればある程度成功していると言えるのかも知れない。ただ、観る方が本気でそう受け取って、上から目線になるのは違うし、芸人側がそれを察知して本当は違うと見せようとするのも違うような気がする。違うと言うか、お洒落ではないように思うのである。少し話が飛ぶようであるが、お店で偉そうにする客のようなもので、お店にとってお客様は神様ですと言う心構えが必要、と言うことの本質を分かっていない!?

※3 大阪府奈良県の境界に南北に走る生駒山地の最高峰で、頂上の標高は642mと東京にあるスカイツリーの高さ634mより少し高いだけである。生駒山地生駒市から王寺の間を走っており、東大阪市生駒市を分けている。