sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード13)・・・R4.4.20②

            エピソード13

 

 藤沢浩太は全くと言ってよいほど本を読まない方であったが、引き籠り出して暫らくし、退屈してNHKの大河ドラマや韓国時代劇に興味を持ち出してからは、原作本や関連する時代の歴史書だけは読むようになった。

 偏りはあったにせよ、やがてはそれが社会と国語の成績を引き上げ、高校受験の力にもなったようである。

 他に、父親の慎二が何年か置きに読み返していると聞いてから興味を持った本として、フランスの小説家、アレクサンドル・デュマによる大作、「モンテ・クリスト伯」がある。

 元来気の弱いところのある慎二は、子どもの頃、近所の小さな本屋にたまたま置いてあったから買って貰えた小学館版世界名作全集の中の1巻に偶然のように入っていた子ども向けの抄訳版「岩窟王」に描かれた壮大な復讐劇に血沸き肉踊らせた。自分の中の鬱屈した部分がスゥーッと解消されて行くような気になり、それが快感として強く印象に残ったようである。

 その後、岩波文庫で完訳版の「モンテクリスト伯」を一気に読み、不器用で臆病な故、更に鬱屈した青春の重苦しい痛みが救われた。

 世界文学で名作と言われる作品でも大抵は、書かれた社会情勢等に縁遠く、完訳版になると読むのがだるくなって途中で斜め読みをし始め、更に端折り出す。だから、縮訳版を読むのと変わらなくなり、たとえば同じフランスの小説家、ヴィクトル・ユーゴーの大作、「レ・ミゼラブル」なんかはそうであったが、モンテ・クリスト伯だけは違った。何回目であっても隅から隅までむさぼるように読んだ。

 就職してからも、講談社の世界名作全集の中に入っている「モンテ・クリスト伯」を読み、ストレスを解消している。

 そんな様子を子どもながら見ていて興味を引かれたのと、自分の穴蔵生活の鬱屈から、浩太は、河出書房新社が出した世界文学の玉手箱の中に入っていた「モンテ・クリスト伯爵」にチャレンジしてみることにした。

 かなりの縮訳であるが、大筋は捉えており(小説家の中村真一郎が担当しているから当然か?)、十分に効果があった。

 身に覚えのない罪に陥れられ、14年もの長きに亘って自由を奪われる。おまけに、その間に愛する女(ひと)も地位も名誉も奪われてしまう。普通ならば自棄になり、人生を棒に振ってしまってもおかしくないのに、思わぬ出会いにより主人公のエドモン・ダンテスは教養を身に着け、莫大な財産と自由を手に入れる。

 先ずは落剝していた恩人一家を助け、その後は緻密な計算と不屈の忍耐力により用意周到に復讐計画を進める。

 諦めたはずのロマンス、憎もうと思っても憎み切れない昔の恋人、メルセデスの事情も挟まり、苦悩の末に選んだ赦し。その先には今度こそ本物の、永遠のロマンス・・・。

 浩太は自分のことのように読み、読み終えてしばらくは、自分が人間的にちょっと大きくなった気がしていた。

 穴蔵生活より抜け出てからの慎二は、先ずは弛んだ心身を引き締める為に当時流行っていたブートキャンプ(※1)に凝り出した。

 剣道、柔道を齧り、ウエイトトレーニングのジムに通っていたこともある慎二から見ると、腰が入らず、リズムに乗らない不器用な動きにどれほどの効果があるのか甚だ疑問であったが、本人は大真面目なので、黙ってやらせておいた。

 根気と持久力だけはあったようである。小学校6年生の間は飽きずに毎日繰り返していた。

 大して絞れなかったが、下地にはなったのか、中学校に上がってから始めたサッカーを何とか止めずに続けることが出来、この時は見違えるように絞れた。

 また、復讐はともかく、苛めに屈しない強さを求め、サッカー部を引退した後は本格的にウエイトトレーニングを始めた。

 そんなこんなで、浩太は現実的な自信を身に付けて行ったようである。疾風怒濤の思春期に翻弄されながらも、何とか自分を見失わず、嫌いにもならず、身の丈に合った生活が出来る程度の欲を持って生きる術(すべ)を覚えて行った。そして楽しみ方を覚えて行った。

 いまだに本当の自分が見付からず、彷徨うことをライフワークにしている父親の慎二は、相変わらず「モンテ・クリスト伯」を愛読書にしている。

 近くが見難くなり、また頭が難しい本を避け出した今日この頃、岩波少年文庫偕成社文庫の少年少女用に縮訳された「モンテクリスト伯」を手に取り出したのはご愛嬌でもあり、老化を感じられて、息子の浩太にとっては寂しくもあったが、自分が相対的に大きくなれたような気もし、それも自信になった。

 外の世界で遅れ馳せながら羽ばたけるようになった浩太にはもう「モンテ・クリスト伯」は必要なくなったようである。慎二の数だけは多い雑多な蔵書の中から歴史関係の本を中心に自室の本棚に移し、それ以外のスペースは模造刀、槍、AV機器、ゲーム機等で埋め、それでいて始終扉を開けたままの開放的なスペースの中で寛げるようになった浩太。これからどんな愛読書を持ち、世界観を形成して人生の荒波を乗り切って行くのか!? 自分とはまた違う、小さく纏まろうとする部分、大雑把な部分、骨太い部分等を浩太に見て、慎二はちょっと嬉しくもあり、不満でもあり、また不安でもあり、何だか戸惑っていた(※2)。

 

        子は親の背中を観つつ成長し

        やがて自分の道拓くかも

 

        子は親の背中を見つつ育っても

        親とは違う道拓くかも

 

※1 元々は米国の新兵訓練プログラムのことで、15年ぐらい前に一般向けダイエットプログラム、短期集中エクササイズとして我が国でも流行るようになった。特に有名なのが2005年に発売されたビリー・ブランクスによる字幕付きDVDで、この物語の主人公、藤沢浩太もどこやらでそれを手に入れたようである。

※2 このアンビバレントな(相反する)感情を持つのが家族の特徴で、中でも距離が近い父親と長男、母親と長女の間では強くなる。厄介ではあるが、時に傷つけ合いもしがちであるが、嬉しい感情でもあり、上手く付き合って行けると、独りで単調に暮らすよりも人間的にずっと深く、広く成長させてくれるものである。