sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード9)・・・R4.4.5②

            エピソード9

 

 先ず自分が韓国ドラマにはまり、やがて息子の浩太に強い影響を与えた頃の藤沢慎二は、父親としては頼りない面が多々あったにせよ、浩太にとっては想像を絶する大きな存在であった。

 苛めが原因で引きこもる前、勉強がぼちぼち分かり難くなってから、浩太が質問すれば何でも簡単に答えてくれるし、母親の晶子に聞くと、何でも国立の難関校、阪神大学の理学部心霊科学科を出ていると言う。

 それに韓国ドラマを視る時以外はディスクトップパソコンに繋いだ大き目の液晶画面の前に座ってせっせと怪しげな歌日記や小説を書いていた。400字詰め原稿用紙1枚を埋めるのに四苦八苦している浩太からすれば、日記にせよ1枚10分、15分で埋めてしまう慎二にはただただ驚くしかなかった。

 引きこもってからは余計に自分との差を感じるようになり、時に理不尽な怒られ方をし、恨みに思うことがあっても、生きる為には縋り付くしかなかった。

 友達、塾、公的な教育相談室等、色んな力を借りながら再び現実の世界の中で生きるようになってからでも、中々力が入らず、益々慎二の存在が大きく見えた。

 全面的に頼る関係がはっきりすることで、かえって緊張感が取れて優しくなり、どうしようもなくてもがいている自分に気長に付き合ってくれる慎二に、浩太は更に信頼を寄せ、そして、やがて恨みも消えたかに見えた。

 無事奈良県立西王寺高校に入り、背も追い抜いた今となっては慎二が小さく見える。

 本当に小さくなったのもあるだろうが、ここ2年ほど、韓国ドラマにはまり過ぎ、小説はおろか、日記もほとんど書いていないようなのだ。暇さえあれば韓国ドラマを視続け、ただの呆けた中年オヤジ、いやオジンに見えなくもない。

 それがまた、夏休みの終わり頃から、慎二は書くことをぼちぼち楽しむようになっていた。

 どうやら前の職場から付き合いのある気の合う先輩、秋山本純の刺激を受けたようなのだ。せっせと書いてはメールで幼稚なやりとりし、独りニヤニヤしている。

「ふん、どれどれ、今度はどんなことを書いているのかなあ?」

 慎二のパソコンの液晶画面を覘いてみると、

 

            有げん実行の男

 その男は結構な年なので、もはやあまり働き続けることができなかった。ウルトラマンのような3分間はオーバーにしても、10分から15分が精一杯。まさに有限実行の男であった。嗚呼、情けな~い。

 

            着しんアリの復讐

 この頃、甘党の主人は家の中まで我が物で這い回るアリの退治に躍起になっていた。

 ある夜、寝床に就いた途端に、

「痛っ!」

 主人が飛び起きると、庭に落ちてた蜂の針で武装したアリがうようよ。まさに着針アリの復讐であった。嗚呼、怖~い。

 

 しょぼい話ばかりである。

「前はもう少しましだった気がするなあ・・・」

 更に読み進めてみても、他には、その坂を上ると眠くなるからコックリコ坂だとか、財布から1円玉がバラバラっと落ち、拾ってみたら、1円、2円、3円、4円、5円、6円だったからムエン坂だとか、もっとしょぼかった。

 熟年同士がそんな下らない話を嬉々として携帯メールで絵文字も交えながらやり取りしているのを見ていると、微笑ましく、あんなに遠かった慎二が何だか身近に感じられる今日この頃である。

 ときどき緩んだ胸を殊更に張って見せ、ついでに緩んだお腹を精一杯引っ込めて、昔ウエイトトレーニングしていた頃の自慢をしてみたり、憎めないオヤジでもあった。そんな風にお気楽そうな人生があってもまあいいか、と浩太も今では思えるようになっていた。

 その慎二が今朝、ちょっとどや顔をしながら慎二の部屋を覘き、この頃にしては長めの話を見せた。

 

            金の顔、銀の顔

 どや顔の銅矢悦男。中身はそれほど偉そうでもないのだが、押し出しの強いくっきりとした顔に何時も笑顔を浮かべ、本当は気弱さを誤魔化すための笑顔なのに、余裕の半笑いと受け取られてしまう。

 おまけに、会社では総務部に配属されている所為で、年に何回かは冠婚葬祭に顔を出さなければならない。

 結婚の方は、主役達が舞い上がっているのが普通だから、偉そうなぐらいまあ許されるだろう。それに、精々管理職と間違われるだけのことだ。

 葬式の方はそう簡単に行かない。俯いて、ハンカチで口元を隠しながらもごもご言ったり、結構大変であった。

 あるとき、癒しを求めて山奥まで独り旅に出掛け、森の中に分け入ると、澄み切った池があった。

 覗き込むと、確かに、ちょっと偉そうな顔が映っている。

「あ~あっ、この顔がもう少しだけでも殊勝げな顔だったらなあ・・・」

 すると、そこにサッと一陣の風が吹き、水面を波立たせたので、映し出されていた顔がひょこ歪み、やがて何も見えなくなった。

 仕方がないからしばらく待っていたら、風はすぐに止んだのに、不思議なことに水面には何も映っていなかった。

「あれぇ? 俺の顔は一体どこに行ったんやぁ~!?」

 おたおたしていたら、池の中から金色(こんじき)のオーラに包まれたお馴染みの神様が現れ、

「お前の探しているのはこの顔か?」

 金の恵比須顔を示しながら聞いた。

「いいえ、そんな滅相もない!」

「では、この顔か?」

 神様は銀のすまし顔を示しながら聞いた。

「いいえ、そんな上等の顔でもありません!」

「ではこの顔か?」

 神様は銅のどや顔を示しながら聞き、意味ありげに銅矢の顔をじっと見た。

 銅矢はここで「はい私です」とでも言えば、「正直者だから」と褒められ、3つの顔全部貰えるのだろうなあ、と思わないでもなかったが、どうせならもっと遠慮深げにして、もっと沢山の顔が欲しくなって来て、

「いいえ。どの顔でも私にとっては贅沢過ぎます・・・」

 伏し目がちに(と言っても、今はのっぺらぼうであるが)言った。

 それを聞いた神様はニッと笑って、

「ではこの顔か?」

 と聞き、木で鼻をくくったような顔を示した。

 それでも銅矢は遠慮がちに断るので、神様はガラスの冷たい顔、紙の白い顔、鉛の鈍重そうな顔、・・・、どんどん示しながら、その都度根気よく、

「ではこの顔か?」

 と聞いたが、銅矢はどの辺でこれが自分の顔と認めればいいのか? タイミングが分からなくなって来た。

 黙っているのを遠慮深いと見たか、神様は、

「それではみんな持ってお帰り!」

 そう言いながら、意味ありげな微笑みを浮かべて、銅矢を静かに送り出した。

 それからと言うもの、銅矢の顔は10秒毎に色んな顔に切り替わり、余計に困ったそうな。

 神様にとってはちょっとした悪戯で、乱数表も組み込んだらしいとよ。

 まあ、過ぎたるは及ばざるがごとし。あんまり欲張らんことじゃなあ。どんとはれ。

 

 以前ほどではないにせよ、大分改善され、話らしくなっている。浩太はそれだけのことで何だか嬉しくなって来た(※)。

 

        父親が小さく見えて自らの

        成長を知り落ち着くのかも

 

※ 長男と父親の関係は複雑である。幼児期は競り合っても長男が敵うはずもなく、直ぐに折れる。思春期になると肉体的な力では敵うどころか、上回るようになり、ともすれば長男が父親を上から目線で見るようになる。頼りなくなって外に理想の父親を探し出すことも往々にしてある。これが精神的なことも伴う関係においてはもう少し複雑で、父親が中々折れようとせず、競り合いが長引く場合もあるし、長男が父親に中々敵わない面を知って、落ち着いた大人の関係に収まって行くこともあり得る。