sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード2)・・・R4.3.22②

            エピソード2

 

 奈良県立西王寺高校における弓道部顧問としての安曇昌江は一介の若手教師に過ぎなかったが、実は現在、弓道において輝かしい経歴および地位の持ち主でもあった。

 大学時代、近畿の学生弓道界ではかなり好いところまで行き、今では全日本でもトップクラスにいる。

 入学後直ぐにクラブ紹介でそんな話を聴き、父親の藤沢慎二の影響もあって「朱蒙チュモン)」、「大租栄(テジョヨン)」等、韓国時代劇にはまっている浩太は迷わず弓道部に入った。

 若くて綺麗な女の先生と彼女に憧れる面皰面(にきびづら)の男子高校生、それだけの関係であれば、よくある構図である。まして今まで女子とデートはおろか、フォークダンス以外で手を握ったことすらない浩太からすれば、何かを具体的に望んでいたわけではなく、また望めるわけもなく、ただ今を時めく女(ひと)の近くにいられるだけで幸せであったから、微笑ましいものではないか!?

 しかし、幾ら隠そうとしても、強い思慕の情は自ずと滲み出し、どこかに現れるもの。5月の宿泊研修後から特に強くそれを感じるようになり、実は昌江の方でも浩太のことが以前にも増して強く気にかかるようになり始めていた。

 元々韓流スターのような、背が高くて引き締まったタイプ、いわゆるスーパーマンかターザン(※1)のような細マッチョが好みであった昌江は、一目で、入部したての浩太がまさにそのタイプであることを見抜いていた。中学3年の夏までサッカーで絞り込んだ長身、細身の上に、引退後に始めたウエイトトレーニングと摂取し始めたプロテインで適度な厚みを付け(入学当初の身体測定では身長が183㎝、体重が75㎏で、胸囲が息を吸う度に100cmを超えようとしていたから、測っていた体育教師の目をそれなりに引いていた)、今ではそれが更に膨らみ、体操服は勿論、制服を通しても十分感じられるぐらいに存在を主張していたのである。

 しかし、流石に昌江はそんな気持ちをおくびにも出さない。初心な浩太は、初め昌江の心の揺れが分からず、それより風評の方に少なからず揺らされていた。

 どうやら昌江は弓道部の主顧問、左近寺周平の愛人らしい。そんな下劣なことがまことしやかに囁かれていたのである。

 左近寺は50歳ぐらい? いや定年間近? 浩太の年からすれば大した違いでもないから、よくは分からない。髭が濃く、立派なもみあげを蓄えているから、野武士を思わせる風貌である。

 何でも10年ぐらい前までは国体の常連で、更にその10年ぐらい前までには何度か優勝したこともあるらしい。

 そして今でも、朴念仁の浩太から見ても、かつての栄光の名残をいぶし銀の渋さとして十分に留めている左近寺であった。

 弓道においては当然、恋においてもライバルと言うにはおこがましく、冗談にもならないが、ともかく浩太は弓道部での活動を始めることにした。マドンナである昌江の身近にいる。今の浩太にとってはそれで十分。それ以上は余計なことであった。

 それでもはっきり噂を聞けば気にかかり、直接ただならぬ雰囲気を感じれば心穏やかではいられない。頭で分かっていてもどうにもならない。それが恋であった。

 

 或る日の放課後の教室でのこと。

「なあなあ、昌江ってかっこええよなあ!?」

「うんうん。少女時代(※2)のユリ・・・。いや、ひょっとしたらユナにでも負けてへんでぇ~」

「何言うてるんやぁ! そんな低いレベルやない。韓流で対抗出来そうな子、言うたら、精々アフタースクール(※3)のユイちゃんぐらいかなあ? でも・・・、幾ら彼女でも一般人としてはちょっと細身やろから、昌江の方が断然上やでぇ~。昌江、最高!」

「そやのに左近寺の狒々爺の女やなんて・・・。ほんま、許せんわぁ~!」

「こらっ、勝手なこと言うなっ!」

 クラスメイトの下世話な雑談を黙って聞くともなく聞いていた浩太が、突然のように叫んだ。

「お前、何をそんなに顔真っ赤にして怒ってんねん!?」

「あっ! もしかしたらお前・・・」

「なっ、何言うんやぁ~!?」

「絶対そうや! えらい慌ててるわぁ~。ハハハ。ハハハハハ」

「そうやそうや! ハハハ」

「ハハハハハ」

「違うってぇ~! 違う・・・。勝手なこと言うてたら先生に失礼やろぉ!?」
「こいつ、1人だけええ子になって・・・」

「そうやそうや。ハハハ」

「ハハハハハ」

「やっぱり好きなんやもん、しゃあないなあ。ハハハ。別にええやん、そんなこと気にせんでも。ハハハハハ」

「違うってぇ・・・」

 浩太は顔を真っ赤にし、高鳴る胸のときめきを幾ら隠そうとしても隠し切れず、皆の方を押さえようとしても押さえ切れないから、また黙っているしかなかった。

 それに実は浩太も、皆と意見を異にしていたわけではない。むしろほとんど同じくしていたから、認めたくなかったのだ。大人同士の道ならぬ関係、淫らな雰囲気、それに女性についての肉感的な表現、避けようとすればするほど強く惹かれ、我を失いそうになるだけに、今はまだ、出来る限りそっと蓋をしておきたかった。

 まだまだ浩太にとって恋の季節は遠く、恋の壺が満たされるのは大分先のことのようであった。

 

        避けるよりそっと蓋しておけばよい
        開く頃には満ちているかも 

 

※1 アフリカのジャングルで動物と共に育ち、密猟者等を相手に活躍するジャングルの王者で、細マッチョなヒーローである。ウィキペディアによると、原作では貴族の出身で、文明批判の面も強いキャラクターだと言う。

※2、3 何方も2010年頃は大人気を誇ったK-popのガールズグループである。平均身長が163㎝の少女時代に比べてアフタースクールは平均身長が167㎝と大柄で、モデル風に揃っていると言うか、揃えた感じで、セクシーさを売りにしたグループであった。今は両グループ共何人かのメンバーが韓国ドラマの俳優として活躍している。面白いのは女性でセクシーさ、大人の女性を強調したグループほど日本では人気が出なかったことである。その辺り、輸出国に合わせるのが上手な韓国は、少女時代、それに日本で大人気であったKARAを日本で売る時、可愛さを強調していた。