台風一過
相模宗太郎
はじめに
《嗚呼やっと書けた・・・》
退職を前にした教師、藤沢慎二は或る日のこと、何年かぶりに書き始めた小説を漸く書き終え、ホッとしていた。
と言っても特に変わったテーマの作品ではない。
十年一日の如く、自分をテーマにしたものであった。
若い頃の恋とも言えないような恋をモチーフに余計なことを思い付くままに付け加え、400字詰めの原稿用にして250枚ぐらいにはなった。細かく章立てし、それぞれにエピソード1やエピソード2とか付して、気取っている。それぞれのエピソードには1首か2首の短歌を添えてあるから、念の入ったことではないか!?
と言っても他人から見れば小説なのか、日記なのかは分からない。
他人から見れば何方にしても分からないし、どうでもよいことかも知れないが・・・。
それから数日間は珍しく書く意欲が減退し、韓国ドラマばかり視ていた。
先ずはラブコメ、ホームドラマ等、比較的軽快なものから視始め、少し重くなって来ると、途中で止めて別の作品に移った。
視る体力が付いて来ると、時代劇に移って行った。
また、野球、ゴルフ、スキージャンプ等、好きなスポーツのライブ中継を視た。
そこにはドラマにない本物の迫力があり、はまると我が国のドラマよりずっと濃く、充実しているはずの韓国ドラマでさえも頼りなくなって来る。
と言っても、スポーツのライブ中継は何時でも好きな時に視られるわけではない。当然やっていなければ視られないし、アスリートにも休憩は必要である。
《嗚呼、何や退屈やなあ・・・》
そうこうしている内に、慎二はまた何か纏まった物を書きたくなって来た。
つらつら考えていると、この頃一端のことを言い、時々自分の言い間違いを正す息子、浩太のことが浮かんで来た。
《嗚呼、そう遠くない内に浩太が俺に代わって藤沢家を率いてくれるのかなあ・・・》
なんて古臭く、自分にとって都合のよいことをついつい考えてしまう慎二であったが、そんな気持ちを知ってか、知らずにか、浩太は、
「父ちゃん、俺、その内に富山県か石川県にでも行こかと思てんねん」
なんてお気楽なことを言う。
「ふぅ~ん、温泉にでも入りに行くんかぁ~? あそこらええ温泉がいっぱいあるからなあ・・・」
慎二が呑気に訊き返すと、
「違うでぇ~、父ちゃん。その内にあそこらに住もかと思てんねん。温泉もそうやけど、海があるし、ゆったりしてるし・・・」
浩太が本気で言っているように感じられ、慎二は軽いショックを受けながらも、浩太が慎二の知らない青春時代を送っているらしいことに改めて気付き、ちょっと嬉しくも思い始めていた。
《あいつ、今、どんな青春を送ってんのかなあ。中学生の頃はろくに勉強もせんと、高校に行けるかどうか不安もあったけど、何とか高校に行ってからは大分落ち着いて来たなあ・・・》
親にとり子どもは別の人間で
別の世界を広げるのかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
現実の話をすると、この小説らしきものを書き始めたのは子どもが高校生の頃で、もう7、8年ぐらいになるか?
それから5年ほどして一度、加筆訂正したが、今回また加筆訂正することにした。
と言っても好くなるかどうかは分からないが、以前は書きっ放しで溜めていた小説らしきものが幾つもあり、そのままでは勿体無い気がして来たのである。
そんな気持ちだけではなく、その時に生じた感情をもう一度温め直したくなったような気もする。