sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(エピソードその1)・・・R4.1.27②

         エピソードその1

 

 昭和50年代、世間はまだ高度経済成長期の真っただ中にあり、好景気に浮かれていた。株価、地価は右肩上がりで、ちょっと投機に興味を持つものにとっては楽しくて仕方が無い。収入が安定し、家を購入出来る層はヤドカリのようにより大きな家に住み替えて行くのが普通であった。

 堅実な庶民にとっても、先ずちょっと頑張れば稼ぎを増やせ、たとえば郵便局(現ゆうちょ銀行)の定額預金の利率は半年福利で10年満期の効果もあって、年換算すれば10%を超えていたので、暫らくの間我慢する気があれば、貯金を倍々ゲームのように殖やせた。

 その結果、貧乏人の子でも真面目に働けば、やがて結婚出来、何人かの子どもを為して、長期のローンにせよ普通に新築一戸建ての家が買えることを疑いもしなかった。

 青木健吾が国立浪花大学の理学部を卒業したのはそんな昭和58年のことであったが、人見知りが強く、就職への強い意欲も感じられなかったのが災いして、当然のように10社以上受けた就職試験では、たとえ筆記試験は通過しても面接試験で悉く落とされた。

 中には運好く通った場合でも本当に行きたくなるかどうか怪しいところも幾つかあったが、それは選べてこその話であって、その土俵にも立たせて貰えなかったショックは流石に大きかった。

《あ~あっ、また落とされてしもた・・・。どうしたもんかなあ?》

 そんな心の声を適当に聞き流しながら更に数社受けている内に4月になった。

《仕方が無い・・・》

 漸く諦めがついて、暫らくの間は近所のガラス工場でアルバイトをしたり、家庭教師をしたりして過ごしていたら、6月になって大学の学部で所属していた研究室の指導教授、井尻好夫から連絡があった。

 井尻はちょっとオタクっぽい雰囲気を持ち、ものごとを斜めに観ては冷笑しているようなところがあったが、実は結構世話好きで、目立って浮世離れしたところのある健吾のことを秘かに心配してくれていたようである。

 それはまあともかく、埼玉県にある受験関係の出版社、若草教育出版が理科の編集者を募集していると言う。井尻が駆け出しの研究者だった頃に原稿を書いていたこともあるそうで、大きくはないが、伝統があって堅実な会社だと言うことであった。

 疑うことを知らない健吾はそれを聴いただけですっかり安心し、それでも念の為に確認してみると、給与、賞与、諸手当、休日等、条件は悪くない。総合的に考えてむしろ世間並以上であった。

《そう言うたら、出版社は何処でも結構貰えるらしいなあ? これで独り暮らし出来そうやし、好きなオーディオとかレコード、それに本とか、まあまあ買えそうやなあ。フフッ。そやけど、その分きっと忙しいんやろし、仕事もそれなりに難しいのとちゃうやろかぁ~!?》

 既に入社したものとして勝手な夢を大きく膨らませ始めながらも、貧乏人の坊ちゃん育ち、世間知らずのくせに、いやそれ故か、ともかく極め付きの小心者の健吾には大きな不安が尽きなかったが、取り敢えず受けてみることにした。

 

 それから数日後のこと、埼玉県内の或る地方銀行の研修室を借りて若草教育出版の臨時入社試験が行われたが、受けたのは健吾1人だけで、健吾にしては珍しく殆んど緊張しなかった。

 筆記テストは大学受験対策用の問題であったから、難しくはあってもほどほどに書けたし、後から上司が言うには、是非とも1人は増やす必要があったので、出身大学から考えて出来に関係なく採用することは初めから決めていたそうだ。

 面接試験では試すような質問が全くなく、何時から出社出来るのか? とか、当面の生活費は用意出来るのか? とか、独り暮らしは出来るのか? とか、もう採用したものとしての質問ばかりであったのも頷ける。

 そんなことが幾ら飛びっ切りの小心者であっても、健吾を大分気楽にしていたようだ。

 

 7月半ばになって始めた仕事の方は大学受験対策用教材の編集で、レベル的には入試レベル(現二次試験レベル)であったから、時折東大、東工大、早稲田大等の入試を意識した難問が含まれていても、全く手に合わなくはなかった。健吾が経験して来た受験勉強よりは大分高いレベルの問題もあるにはあったが、大学で学んだこと、その際に買い集めた教科書、専門書、事典等を活用すれば十分に対応出来た。また、当時の若草教育出版は比較的懐事情が豊かで、申請しただけの本を買って貰えたから、健吾は自分の持っている本も含めてかなりの参考になりそうな書籍を買い集めた。そしてそれが大いに役立ってくれた。

 日常的にある月2回の締め切りは少々きつかったが、それでも残業時間が月に40時間ぐらいで抑えられ、残業代はきっちり出たから、辛さよりも収入が増える有り難さの方が上回った。給料が入る度に健吾は生活家電だけではなく、スピーカー、アンプ、レコードプレーヤー等、趣味の家電を買い漁り、借りておいてくれた家の荷物が着実に増えて行った。

 更に受験の集中する2~4月の3か月ほどは入試問題の解答集と言う臨時の仕事が加わり、残業が一気に毎月もう50時間ぐらいずつ増えて急にきつくなったが、あらかじめ言われていたので覚悟は出来ていたから、思っていた範囲で収まったし、それに見合う収入増も嬉しかった。

 ただこの周期的な緊張感の連続が健吾には合わなかったようである。2年間ほどで心身の調子が整わなくなり、次第にこのまま定年までずっと続けて行けるものかどうか、大いに疑問に思えて来た。そんな不安が高まった所為か? 軽い胃潰瘍にもなった。

 周りを観ても、またここ数年を観ても、やっぱり先ず精神的にきつくなって来る人が多いようで、まだ身体が元気な内に、大学、予備校、高校等の教職、教科書、問題集、参考書等の執筆業等へと転身して行く人が多かった。

 色々相談し、迷った末、健吾は生まれ育った大阪に一旦戻り、出直すことに決めた。

 そう決めると未練はなかったようで、2年半ほどで若草教育出版を辞め、大阪に戻って来た。

 

 そこまでは問題がなかったのであるが、父親の新吉は還暦を過ぎた左官職人で、既に仕事を半分程度に減らして週に3日ほどしか働いておらず、収入も若い頃の半分程の月20万円程度になっていた。

 母親の由美子はもう健吾の学費を稼がなくてもよくなったので、婦人服縫製のパートを辞めて安心して専業主婦となっていたし、まだ年金を貰うまでには10年以上あったので、全くの無収入であった。

 そんなわけで、2人は家を買うのを諦め、その頃でも珍しくなっていた風呂無し、共同便所の安アパート暮らしを若い頃と同様に続けていたから、自分達のことで精一杯であった。そこに再び入るのはきついので、健吾は出身校である大阪府北河内高校のそばにある風呂無し、共同便所の6畳ひと間で家賃が月1万2千円と格安の古アパート、山吹荘の奥まった1室を借りて独り暮らしを始めることにした。

《ここやったら失業保険とこれまでの蓄えで数年はやって行けるけど、さて、これから何をしたものかなあ?》

 大して先が見えていない健吾は、取り敢えず公務員、公立学校の教員等の試験を受けられるように、一般常識の勉強から始めることにした。併せて、幼馴染の吉川治夫の勧めもあり、時間の余裕が出来たこの機会に自動車の運転免許を取っておくことにする。

 

 今後の見通しをある程度持って気持ちを落ち着けた健吾が近所の北河内市立図書館に行ってみると、これが思っていた以上に好い。自分の狭い安アパートとは違って沢山の本があり、整理されて見易く取り出し易いように並べられている。そんな当たり前のことだけではなく、無料でCDを聴ける、ビデオを視られる、他の図書館と連携出来る等、自分が子どもの頃より出来ることがかなり増え、繋がりが広がっている。それに何より、これはずっと前から出来ていたことではあるが、エアコンの効いた自習室で落ち着いて勉強することが出来る。

 健吾が独り暮らしを始めた安アパート、山吹荘は標高300mに満たない御椀山(おわんやま)の山裾に建てられていたから、まあ標高100mぐらいのところにあったので、平地よりは僅かに涼しく、独り者故の発熱量の少なさからの涼しさもあったから、節約の為にエアコンを買っていなかった。

 それでも、流石に夏の一時期、昼間はじっとしていても汗が滲み出て来るから、せめて勉強する時ぐらいはエアコンが欲しくなる。

《ここ数年、少しは税金を払って来たし、ここで図書館を利用しない選択肢は無いなあ。フフッ》

 如何にも失業者らしく、そんなみみちいことをついつい考えてしまう健吾であった。

 そんな或る日曜日のこと、健吾が北河内市立図書館の自習室に公務員試験向けの一般教養対策問題集を持ち込んで勉強していると、背が高く、すらりとした美少女、中野昭江が入って来た。

 途端に男性陣の視線が彼方此方から面白いようにささっと昭江の方に動き出す。

 化粧っ気は全く無く、髪は染めていない。淡いブルーの地味なブラウスに洗い晒しのジーンズと、そこまでで目立つところは何ひとつ無いはずなのに、周りの意識を惹き付けて止まない空気が昭江には漂っていた。

 よく観ると、今増えている読者モデル等の何ちゃってモデルではなく、本物のモデル並みにスタイルが好く、何か本気のスポーツでもしているのか? すらりと見えて実は適度な厚みもあった。それが即座にそうとは認識されなかったから、不思議と言えば不思議であった。

 それはあまりにも周りに溶け込み、染んでいたからであり、自然に整っていると言うことはそれほど周りと違和感が少なく、かえって目立たないもののようであった。

 それでも周りの視線を惹き付けてやまないのは、そこに昭江の存在自体が醸し出すえも言えぬ匂い、そしてオーラが感じられるからでもあった。

 要するに一般的な認識とは言葉による切り取りで、それを感じ取るにはある時間を要するが、昭江の場合は、一挙にあまりにも多くの情報が入って来た瞬間に脳の奥底にまで焼き付けられ、意識されることによって、かえって表面的な認識に至るのが遅れたと言うことであろうか!?

 嗚呼もどかしい。今、その全てを言ってしまいたいが、昭江の存在がそれを許さない。それほど昭江は自然に美しかった。

 もっとも昭江自身はそんな空気、視線が大の苦手だったようで、大体の場面で恥ずかし気に目を伏せており、それが余計に深沈たる風情を添えていた。

 健吾も勿論、気弱ではあっても普通に、いやそれ以上に性的な欲望を持つ若い男性であったから、昭江が視界に入って来た途端に目をさっと走らせる。

 でもそれはほんの一瞬のことであった。一瞬で整った小顔、無視出来ない胸の膨らみ、引き締まったウエスト、脚の長さ等が頭の中に刻み込まれ、惑乱して視線を逸らしていた。

 それだけのことでもうすっかり落ち着かなくなり、問題集に視線を戻しても、全くと言って好いほど入って来なくなっていた。

 

 どうやら人は結構強い刺激であっても慣れてしまう動物のようである。そんなことが何回か重なると、次第に当たり前になり、健吾は強く意識しながらも、また勉強が進むようになっていた。

 

 それから数日後のこと、健吾はこれも独立して暮らしている兄の琢磨から、キリスト教系聖書研究会の「希望の光」が夏になると大阪府の北端に位置する能勢町の青少年自然の家で行っているキャンプのことを勧められた。

 琢磨も健吾と同様に、大阪府の東部に位置する寝屋川市内の住宅地、香里園にある安アパートで独り暮らしをしており、中堅の公立職業科高校である大阪府立守口工業高校(現工科高校)を出て直ぐに大手弱電メーカーの杉上電器産業に就職したから、働き出してもう10年目になる。

 顔を合わせれば冗談ばかり言っているひょうきん者のように見えるが、他人に言えない悩みでもあるのか? 宗教への関心が結構高かった。その琢磨が前年に参加し、安くて、まあまあ楽しく、無理に入信まで誘わないから、割と好かったと言う。

 健吾も宗教には関心がかなり強い方だったので、あまり迷わずに参加することに決めた。  

 

 7月の末のこと、「希望の光」の夏季キャンプの当日、集合は梅田であった。JR大阪駅の北側に集まり、そこから大型の観光バスで行く。2台にぎっしりと乗り込み、結構な人数であった。

 1時間弱、思っていた程は時間が掛からず、あまり緊張が解れない内に、昼前、目的の青少年自然の家に着いた後は、早速部屋割りがされた。

 各居室は幾つかのロッジに分かれて起伏のある林の中に散在しており、ひと先ずそこに大きな荷物を置いて直ぐに飯盒炊爨をすることになったが、この辺り、当時の小学校、中学校で夏休みによく行われた林間学校等、普通の宿泊行事と大して変わらない。

 昼食後、洗い物、片付け等をひと通り終えてから、自己紹介も兼ねてパーティーゲームが行われ、そこで健吾は昭江も参加していることを知った。

《あっ、あの子やぁ~!? この頃北河内の市立図書館でよく見かけるあの子・・・》

 何でもないように思え始めていたキャンプが一気に明るいものになった。単純なところのある健吾は、この宗教をこのまま信じても好いような気になっていた。

 そして夜、健吾が割り当てられたロッジでも昭江のことが話題になって、大いに盛り上がっていた。

 先ずお調子者のやんちゃそうな秋元周平が口火を切る。

「なあなあ、あの子、なんて言うんやったっけ? えらく可愛くて、スタイルが好くて、ゲームの時も気になって仕方が無かったわぁ~」

 言っている内に、既に蕩けそうな顔になっている。

「中野昭江、やろぉ~!? 気になるんやったら、名前ぐらい覚えときぃなぁ~!」

 空かさず言ったのは鈴木壮太であった。

「ほんまやぁ~。そんなに惹かれてるんやったら、せめて名前ぐらい覚えとかなあかんなあ・・・」

 冷めたことを言いながら、山口俊平も満更ではなさそうな顔をしている。

 そんな軽い遣り取りを聴いていたこのグループのまとめ役を任された迫田勇作が、

「でもなあ、こんな真面目な宗教のキャンプでは軽い気持ちで声を掛けるのもあかんらしいでぇ~」

 やんわりと釘を刺す。

 健吾はそれだけのことでもドキドキして仕方が無かった。

《あかん、あかん。俺の方が先に知ってるねんからなあ~!》

 そんなことに何の意味もないことぐらい分かっていたが、健吾は既に心の中でそう叫ばずにはいられないぐらい昭江に惹かれていた。

 それでも流石に宗教関係のキャンプである。そんな卑近な話題は早々に終わり、ごく自然に、命、原罪等への話題へと移って行った。そしてその過程で秋元が激しく泣き出したのにはちょっと驚かされた。

「・・・殺したらあかん・・・。そんなこと言うたかて、誰でも皆、牛や馬の肉、食べてるやろぉ~!? 怖いやら、気持ち悪いやら言いながら虫も殺してるんやん! 綺麗ごとを言うても、そんなん、全然矛盾してるわぁ~!」

 イギリスの自然科学者、チャールズ・ダーウィンが提唱した進化論が普通のこととして教えられている現代人にとって、人も動物の一種であることにほぼ疑いはない。聖書に則ったキリスト教を信じたくても、そこでどうしても引っ掛かる。健吾もまた同様であった。

 ただ秋元までの熱さは既に無かった。秋元のそれは、人一倍感じ易い心を持っているが上の悶え、感情的な表現としても彼の普段の言動の端々に自然と滲み出ているようであった。

 それを鋭く感じ取った健吾は、もしかしたらそんな感性を持った秋元の方が昭江に選ばれるのではないかと、今はそこだけが心配であった。

 

 その後も色々あったにせよ、宗教キャンプが何とか無事に終わり、昭江の心が誰かに奪われはしないかと言う健吾の心配もどうやら杞憂に終わったようだ。

 

 そして8月を迎えた。

 そんな或る日のこと、北河内市立図書館の自習室での勉強がひと段落着いて健吾は昼食を摂りにJR北河内駅前の食堂街に向かった。

 何軒か並んでいる中に目立たないうどん屋、「さぬき庵」があり、落ち着きそうなのでそこに入ることにする。

《玉子丼にミニうどんかそばが付いて500円かぁ~。まあまあやなあ・・・》

「いらっしゃいませ~」

 入ったら直ぐに弾むような声でそう言ってお茶とメニューを持って来たバイトらしい女の子の顔をちょっと見上げると、

「あれ、君はもしかしたらぁ~?」

 それは昭江であった。

 昭江も直ぐに気が付いたようで、

「お兄さんも、もしかしたらこの前のキャンプに参加してはったんですかぁ~?」

「うん。君も行ってたんやなあ!?」

「あっ、はい!」

 その時はそれだけのことであったが、それでも健吾は気持ちが大きく揺らされ、何を食べたのかも分からないまま図書館の自習室に戻った。

 それから2時間ほどが経ち、健吾がそろそろ帰る気になっていた頃、昭江が自習室に入って来た。

 周りの反応は前と変わらず、ササっと視線が集中する。

 流石に健吾は慣れて来て、それに昼のこともあるから、余裕を持ち、微笑みながら黙礼した。

 昭江も微笑みながら恥ずかしそうに黙礼を返す。

 その時もそれだけのことであった。

 

 それから数日後、健吾がやはり北河内市立図書館の自習室で問題集を開いて勉強していると、背中から突然のように、柔らかく、しっとりとした声が掛った。

「あのぉ~、隣に座っても好いですかぁ~?」

 昭江であった。

 健吾はよほど集中していたのか? 珍しくその時までは気が付かなかったようである。

「あっ、はい!」

 そう返すのが精一杯であった。

 それから自分に割り当てられているらしい範囲を超えて広げていた数冊の本、ノート、筆記用具等をそそくさと片付け、引き寄せた。

「ウフッ。そんなにしなくても大丈夫ですよぉ~」

 そう言いながら昭江は微笑み続けていた。大分年上のはずの健吾の慌てようが何だか可笑しかったし、嬉しかったようで、その今にも甘やかな芳香を放ちそうな顔からもう恥ずかしさは消えていた。

 健吾は余計に眩しくなり、それから暫らくは問題集が頭に入って来なくなっていた。

 その健吾に昭江が小声で声を掛ける。

「あの~、この問題ですけど、解き方分かりますかぁ~? 私、数学が苦手なものですからぁ・・・」

 それは数Ⅰの代数幾何の計算問題であった。健吾にすれば、得意ではないが、そう難しくもないので、緊張しながらもノートの端にササっと解いて見せた。

「あっ、そうだったんですかぁ~!? 最初からそうやればよかったんですね? ありがとうございます!」

 昭江は心底感心しているようで、大きな目を輝かせている。

 それからも幾つか訊かれ、健吾は自信を持って淀みなく答えた。

 そんなことが続いた或る日のこと、健吾が小声で教えていると、分厚いレンズの丸眼鏡を掛けた小太りの学生に、

「うるさいなあ! ここは神聖な図書館やで~。ここで君等にそんな風にイチャイチャされると、いっこも勉強になれへんわ~!」

 はっきりと言われてしまい、健吾と昭江は気まずくなって自習室、そして図書館を出た。

「ハハハハハ」

「ウフフフフ」

「つい声が大きくなってしもたなあ?」

「そうですねえ」

「中野さん、好かったらこれから駅前のファミレスでも行けへん?」

 数日前にお互い自己紹介は済ませていたので、10歳違うことまで分かっていたが、まだ名前で呼ぶことまでは出来ない。健吾は極度の女性恐怖症でもあった。それでもそんな風に気軽に誘えるぐらいには慣れて来ていたし、思わぬ出来事が2人の心を解してもいた。

 昭江も笑いながら答える。

「そうですね! でも、そんなに丁寧に呼ばなくても、普通に名前で呼んでくれたら好いですよ」

 と言うか、むしろ名前で呼んで欲しそうであった。

「ほな、昭江ちゃん。そこのガストにでも入ろかぁ~!?」

 健吾の弾んだ様子、照れた様子が可笑しかったが、昭江はそれ以上何も言わず、黙って付いて来た。

 それからは日曜日の午後になると、駅前のガストで一緒に仲よく勉強する2人の姿が見られるようになった。

 

        少しずつ距離が近付き垣根取れ

        共に勉強する二人かも