その37
令和2年6月9日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムレコーダーにICチップ入りの職員証をスリットした後、直ぐそばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりにたっぷりと取り、その中で手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の間にも染入るように指先を掌でトントンしたりしながら、しつこぐらい念入りに消毒する。
この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だかやけに減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも気になって一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、持参したうがい薬で何回もうがいをしておく。
そんな一定の安心感が得られる程の儀式的なことまで済ませ、ふぅーふぅー言いながら3階まで階段を上がり、割り当てられた執務室に入って来たら、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端に何本もひびが入った液晶画面を食い入るように見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、頻りにメモを取っていた。この変わらなさ加減もまた安心感が得られる光景であった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
何時ものようにごく習慣的な朝の挨拶を交わした後、我が国では新型コロナウイルスの新規感染者がまあまあ少人数に収まっていること、それでも全国的に緊急事態宣言に続いて休業要請も解除されている所為で気の緩みの影響が出始めたのか? 福岡県、東京都、神奈川県、北海道等と、広範囲に亙ってまだ感染者が中々0にならず、時には増えたりもしていること、大阪でも難波、天王寺、京橋、梅田等の繁華街で人波が確実に増えていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、程々に混んでいるときも増えたこと、ファンドさんの一番の関心事である株価には相変わらず世界的に大きな変動が起こっていること等、一頻り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、そばにはテザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
個人的なことも含めて何処まで書いて好いのか何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインで使っているスマホを取り出し、通勤電車の中、待ち時間、徒歩移動中等にメモしておいたものを見直しながら起こして行く。この日はそれ以外にも、前日のことを思い出しながら付け加えておくことにする。
ファンドさんの関心は既に投資関係の記事に移っており、またiPhoneの液晶画面を食い入るように見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
昨日帰って来たら、楽しみにしていたDENONの小型スピーカー、「SC-M41-CW」が届いていた。
同じメーカーの「SC-N7」(※1)ではちょっと低音が寂しい気がし、もうひと回り小さい「SC-N5」でも同様であった。
なんて、同じようなコンセプトで作られたシリーズで、更に小さくなっているのであるから、これは当たり前か!? フフッ。
でも、その割に「SC-N5」は頑張っている気がした。
それに後から出た所為か、見た目も少しはましに見える?
それを更に昨日届いた、少し後から売り出され、しかもひと回り大きめの製品である「SC-M41-CW」に取り換えてみると、これは確かに好い。
大きさは「SC-N7」と大して変わらない気もするが、低音までしっかり出ていて、音質も好く、レベルがちょっと違っている気がする。
こうなって来ると、パワーアンプを今使っている3000円ぐらいでアマゾンで買ったブルートゥース付き中華デジタルアンプではなく、もう少し出せば更に好くなるのではないか!? と思えて来る。
なんて遊んでいたら、子どもが半分呆れ気味に笑っていた。
それで好い。
この遊びがこれからの仕事の充実へと繋がるわけさ。フフッ。
安物のオーディオ替えてご機嫌に
機嫌好く遊べば仕事充実し
同時に届いたANKERのステレオミニプラグのケーブル、これがプラグに続く接続部のカバーを金属製にしてあり、中々お洒落であった。
以前ANKERのブルートゥースアダプタを買ったことがあるが、これも中々洒落たデザインであった。
箱も含めてスマートにデザインされ、価格を超えて持つ喜びを味わわせてくれる。
ブルートゥーススピーカーも結構売れ筋のようである。
私の場合、よく知らずauのネットショップでANKERの「Soundcore」を3000ポイントと交換(※2)したことがあるが、値段の割に頑張っている気はしていた。
正直に言えば、このANKER製のブルートゥースアダプタ・スピーカーで一番感心したのは充電池がしっかりしていること(※3)であった。
アダプタ、スピーカー共に1度満タンまで充電しておけば結構長く使えている。
何でもないようで、今の時代、これは大きな利点であるように思われる
それはまあともかく、昨日はそんな感じで遊んでいる内に、直ぐに寝る時間になってしまった。
そんな風に出勤日が続くと中々気忙しい。
少しずつ心身は働くことに慣れて来た気もするが、元々気忙しいのはあまり好きではない。
なんて甘いことを言いつつ、もう1年もしない内にこの生活とはお別れである。
そう思うと、何だか変な気分ではある。
アマチュアのままに仕事を卒業し
でもまあ私の人生におけるテーマは機嫌好く生きることであるから、これで好い気もしている。
ところで、ここ暫らく韓国ドラマを視ることが多くなっている。
はまり出すとずっと視続けてしまい、他に何も出来なくなってしまうので、これに付いては気を付けなくっちゃね。フフッ。
実際には、暇な時に悪いことではない限り何をしていても好いはずなのであるが、まだ暫らくは制限を掛けていたい気もしている。
私なりの微妙な拘りである。
この拘りがあるからこそ人間なのかも知れない。
拘りが人の言動規定して
拘りが人の言動美しく
拘りが人の言動恰好よく
なんて、実は他の動物のことをそんなに分かっているわけではない。
だから、NHKの「ダーウィンが来た」とかを視ていると、驚かされることが多い。
意外な頭の良さ(※4)、意外な進化等に目を見張るわけである。
それ等に付いても人間の為に造ったと言う宗教もあるかも知れないが、そうだとして考えてみても、中には、意味分かんない!? と言いたくなるようなことも多々あるようだなあ。フフッ。
自然界意味までは未だ見えて来ず
自然界意味までは未だ闇の中
それはまあともかく、今、通勤電車の中であるが、少しずつ人が増えている。
相変わらず彼方此方の消毒を続けながら、何とか日常を取り戻しつつあるところか!?
そんな中、明後日にはちょっとした用事があるので、久し振りに大阪市内を通る予定である。
以前にライブハウスでクラスターが発生した京橋辺りも通るから、ちょっと緊張している。
でもまあ、時間は待ってくれない面もあるから、仕方の無いところだろうなあ。
その用事と言うのは、どうやら母親の終活のようであるから、子どもとしては避けて通るわけにも行かない!?
ともかく話を聴いてみないとよく分からないので、重い腰を上げて、仕事疲れが残っている中、何とか行く予定にしている。
この、親の為にせよ、自分の為ではないことに時間やお金を割くのも悪くない気がしている。
現代においても皆にはあてはまらないのかも知れないが、少なくとも私の場合は、自分および家族の為だけに時間とお金を使いたがるところがあるようだなあ。フフッ。
時間金他人の為にも使いたい
時間金自分だけでは寂しくて
さて、最寄り駅が近付いて来た。
そろそろ気持ちを切り替えなくっちゃね。
その辺りまで書いて、自分なりには今日も上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問い掛ける。
「メルカリさん、どう、これぇ? 自分なりには今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張が高まって耳たぶをひくひくさせている。
「ブログさん、相変わらず毎朝、よう精が出ますねえ」
気の好いメルカリさんはそう言って半分呆れ、半分感心しながら、
「どれどれ、ふむふむ、・・・」
さっと目を走らせて行き、自分のことと重なるところでもあったのか? ちょっと遠い目になって言う。
「そうですかぁ~? ブログさんのお母さん、大変そうですねえ!?」
「うん、まあ。もうええ年やからなあ・・・」
「一体お幾つですかぁ~?」
「まあ俺がもう65歳になるしなあ。今年で90歳になるねん・・・」
慎二もちょっと遠い目になる。
メルカリさんはちょっと優しい目になって、
「うちは65歳やから、ちょうどブログさんと同じぐらいですけど、ブログさんも書いてはるように、自分のことばかりに気ぃ~行ってて、中々会いには行けてませんねん」
「ふぅ~ん、ところでメルカリさんは何処の出身やったんかなあ?」
「鹿児島です」
「そやったんかぁ~。道理で・・・」
「えっ、何が道理で、ですかぁ~?」
「いや、時折アクセントと言うか、イントネーションと言うか、何か俺とは違う気がしていたんでぇ・・・」
「大学からはずっと関西ですけど、確かにまだそんなところもあるかも知れませんねえ・・・」
「ほな、今は新型コロナウイルス感染症の関係で余計に帰り難いなあ!?」
「そうですねん・・・」
そう言いながらメルカリさんはちょっと寂しそうな目をして立ち上がり、給湯室までコーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当している若い依田絵美里が熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みを持って来て、慎二の机の上にそっと置く。
それから「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせて、
「藤沢さん、お母さんはもう退院されたんですかぁ~!?」
慎二は以前、仕事に影響することも考えて、絵美里には母親の祥子が年寄りに多い誤嚥性の肺炎で入院していることを言ってある。PCR検査の結果、幸い新型コロナウイルス感染症ではなかったことも。
「うん! ありがとう。ついこの前やから、1か月半ほど入院していたことになるかなあ・・・。依田さんなんかお母さんもまだまだ若いんやろぉ~?」
「ええ。私は母が割と若い時に生まれた子だったこともあって、今年で42歳になります」
「ほな、メリカリさんとあんまり変われへんなあ・・・」
《俺の孫みたいなもんやなあ・・・》
と思いつつも、そこまでは口に出したくないので、後は黙ってお茶に手を伸ばす。
頃合いと見たか? 絵美里はそっと遠ざかって行った。
その颯爽としてスマートな後ろ姿に目をやりながら慎二は、
《あかん、あかん! 孫を見てふらふらしてたらあかんなあ・・・》
そんな風に反省し? 軽く首を振って邪念を振り払い、漸く仕事の顔になった。
親の年聴いて相手の年を知り
少し気持ちが落ち着くのかも
同僚の親の年知り
自らの年を考え落ち着くのかも
※1 つい最近(2020年8月末)、まあまあ音質の評価が高い中華のカラオケアンプを買って、このスピーカー、「SC-N7」に繋ぎ、ティアックのCDプレーヤーから音楽を流してみると、中高音から低音までしっかり出ており、パンチが効いて中々好い感じであった。要するに、パソコンのミニジャックから中華製の安物のデジタルアンプ、そして「SC-N7」と言う組み合わせが悪かっただけの話である。
※2 この頃色々なネットショップ、実店舗での買い物によりポイントが付くが、それをついついおまけと思ってしまう。おまけには違いないが、本当はそれも含んでの価格設定であるから、完全なおまけではない。その証拠に、楽天市場、YAHOO!ショッピング、Amazon等のサイトでは其々価格が違い、各種ポイント、クーポン等を足し合わせると結局同じぐらいだったりする。時期も含めて上手く見極めてクリックしないと、得したような、損したような、微妙な気持ちになることもしばしばである。
※3 ANKER製の製品のバッテリーが確りしているのは当然のことで、元々はモバイルバッテリー、急速充電器、更にスマートフォン・タブレット関連商品の開発、販売をする会社だそうな。Google出身の若者達が2011年に設立した会社で、最初に販売した製品はノートパソコンの交換用バッテリーだとウィキペディアにあった。要するにオーディオ関連のSoundcore等は後から発展した部門なのである。
※4 人間以外の動物は当然のことであるが、人間の言葉を喋らないので、ついつい頭が悪いものだと思いがちである。しかし、烏の頭の好さ、猿の頭の好さには何処かで気付いている。でも、はっきりとは認めず、10歩も歩けば忘れてしまう鳥頭なんて言ったりもする。実際に鳥を飼ってみると、そんなことはなく、人間の言葉に反応し、甘えて来ることもある。脊椎動物が発達過程で枝分かれし、人間が一方の先頭にあるように、鳥類は他方の先頭にある。そんなことに頷けるから、飼ってみるものである。何でも3歳児ぐらいの知能がある鳥もいるらしいから、それが本当であればチンパンジーと大して変わらない!?