その4
令和2年2月25日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムカードにスリットした後、ふぅー、ふぅーと息を荒くしながら階段を3階まで上がり、割り当てられている執務室に入る。
既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端がひび割れた液晶画面を何やら熱心に見詰め、ぶつぶつ独り言ちながら、しきりにメモを取っていた。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
何時もの朝の挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症の騒ぎが次第に大きくなっていること、不織布の使い捨てマスクが中々買えなくなっていること、ファンドさんの一番の関心事である株価に世界中で大きな変動が起こっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、そばにはテザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
その後は暫らく考え、それからおもむろにメインで使っているスマホを取り出して、通勤中にメモしておいたものを見ながら「神の手」に起こして行く。
ファンドさんの関心は既に投資関係の情報に移っており、またiPhoneの液晶画面を見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
スポーツの記事を検索していて、このところ私の気にも留まるようになったのが米国のプロバスケットボールリーグ、NBAで普通に活躍している八村塁であるが、今度はかかとに何やら漢字を配したナイキのバスケットボールシューズのことで話題になっている。
彼を観ていて思うのは、本業のバスケットボールだけではなく、デビューして直ぐに自身のSNSで紹介し、一躍メルカリ、ラクマ等のフリーマーケットにおいて高値で転売されるほど有名になったお菓子、「白えびビーバー」の件とか、今回騒がれているバスケットボールシューズの件とか、コミュニケーション、発信等の能力に長けているということである。
簡単に言えば、人間力ということか!?
女子ゴルフの渋野日向子にしても、これからの時代のアスリートには大事なことかも知れないなあ。フフッ。
アスリート発信力を求められ
アスリート人間力を求められ
アスリート発信力も大事かな
アスリート人間力も大事かな
日曜日には何かと話題になり易い張さんのコーナーを楽しむことが出来た。
そこでプロ野球のロッテマリーンズに入団したルーキーの佐々木朗希投手の話題が出て、昔の投手との比較で語られていたが、先ずは凄さを認めても、必ずと言っていいほど昔の名ピッチャーの方を上に持って来る。
相変わらず読売巨人軍の幻の名投手? 沢村栄治をトップに持って来るから面白い。
そして番組終了後、直ぐに出たネットの記事には沢山のコメントが付き、何時も通りの議論が繰り返される。
韓国野球、台湾野球が始まった頃の様子を観ても、我が国のプロ野球が始まった頃と同様、エース級は毎日のように投げ、今の感覚から考えて嘘のように勝っている。
我が国でそこまではずば抜けていなかった投手なんかでもそうである。
メジャーリーグの伝説級の名投手、ボブ・フェラー、ノーラン・ライアンなんかも二グロリーグの超ど級投手、サッチェル・ペイジと比べれば大人と子どもほどの差があったという話もある。
まあ、印象や昔語りで比べて楽しむ分には好いが、眉唾な話も多いのだろうなあ。フフッ。
張さんのコーナーには多分にそんな面があり、いわば縁台の与太話の類で、それをテレビで楽しむコーナーでもある!?
張さんの昔語りを懐かしみ
張さんの昔語りにほっこりし
さて、また今週の仕事が始まる。
この三連休も面白かった。
ゴルフ、スキージャンプ等、スポーツのテレビ観戦、ネット検索等を十分に楽しめた。
その様子を簡単に書き留めたものや以前に書いた小説等をブログに上げることも出来た。
それに少しは本を読んだし、買い物がてらの散歩にも出掛けた。
まあ充実した休日になったようだなあ。
今週の仕事はまあ何時も通りであろう。
そう忙しくもなく、そう緊張もせずに済むはずである。
なんて書くと、何だか遣り過ごしている感じもあるが、確かにそんな気がしないでもない。
これについては自分でも反省するところがある。
特に悪い仕事でもない。
かと言って、凄く好い仕事でもない。
ある程度長くやっていると、何にでも凸凹はあることに気付く。
ともかく、持ち上げ過ぎも引き落とし過ぎも禁物である。
本質が見えなくなる。
どんな仕事にも一長一短はある。
折角働き盛りを含めて人生の貴重な時間の大半? を使うのであるから、好い面、それを維持する為の反省点を中心に着目したい。
私の場合、今も昔も仕事半分、遊び半分のところがあるから、偉そうなことは言えないが、追い追い気付いたことを書き留めておこうとは思っている。
仕事には好悪両面あるもので
一喜一憂無駄なことかも
その辺りまで書いて慎二がしみじみとしていると、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっとは自信を持ちながらメルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 来る時に通勤電車の中でスマホにメモしておいたものを元に書いてみたんやけど・・・」
「そうですかぁ~!? ブログさん、毎朝、ほんまによう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、
「どれどれ、ふむふむ、・・・」
気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、
「ほんま、この八村塁って、中々ですねえ・・・」
《そう言えばメルカリさんも学生時代にバスケットボールをしていたのだった。前にそんなことを聞いたことがあった》
「メルカリさん、学生の時にバスケットボールしてた、と言うてたなあ?」
「はい、高校、大学とやってましたぁ~!」
「ほんで、キャプテンやったかいなあ?」
「そうです、高校の時にぃ! と言うても一応公立の進学校やったから、大して強くはなかったんですけどぉ・・・」
メルカリさんは当時を思い出したのか、ちょっと遠い目をする。
「でも、この頃日本でもBリーグが始まったし、CSでよう放送してるから、面白なったやん!?」
「そうですねえ・・・」
「もしかしたらメルカリさん、まだやってるん?」
「いやぁ~、40歳超えたら流石にもう身体が思うように動きませんから、この頃は専らテレビで視るだけですわぁ~」
慎二は自分も40歳を超えてから殆んど運動しなくなり、お腹、胸、腕等、彼方此方が緩んで来たことを思い出していた。
「でも、メルカリさんはまだスマートやし、動けてるから、全然ええやん。もしかしたら今も何か運動してるん?」
「まあ休日のジョギングぐらいですかねえ。それはまあともかく、ブログさん、増えた休みを有効利用してますねえ」
「そうやなあ。有効利用かどうかは分からへんけど、楽しくは過ごせてるなあ・・・」
「まあ人生はそれが一番ですねえ。フフッ」
そんな風にあっさりまとめて、メルカリさんは軽やかに立ち上がり、給湯室までコーヒーを淹れに行った。
慎二としては仕事の意味等、もう少し突っ込んだところまで話したいところであったが、自分のようなゆとり、多様性等について考え出すのはメルカリさんやファンドさんのような働き盛りの世代にとっては迷いが生じてかえって迷惑な話かとも思えて来た。
《軽くて浅そうに見えて実は頭の回転の速いメルカリさんや見た目通りに優秀なファンドさんのことであるから、必要になったらまた相談してくれるやろぉ!? もう暫らくは相談されるような先輩でありたいなあ・・・》
そう思って慎二も仕事頭に切り替えることにした。
遠い目をしている慎二の邪魔をしない方が好いと思ったのか? 入れ替わるように近付いて来た事務を担当している若い依田絵美里は、慎二の机の上に熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みをそっと置き、静かに離れた。
何時までも相談される先輩で
有りたく思い気持ち引き締め