第2章 その3
曙養護学校に日常は散歩から始まる。
広大な敷地を有する曙公園が周りを取り囲むように広がっており、そこを利用しない手は無い。晴れている限り、小学部、中学部、高等部、どの学部も朝の散歩、午後の散歩とよく利用していた。
曙公園は元丘陵地帯と言う恵まれた自然を上手く生かし、起伏に富んだ歩き甲斐のある公園だ。それに、季節毎に装いを変えて行く樹木、植え替えられる草花が真に美しい。
「先生っ、歌ってえやぁ~!」
初夏の涼風を全身に受けながらの散歩に気持ちが弾んで来たのか? 手を繋いでいた生徒、中山祥太が藤沢慎二に言う。
祥太はダウン症の子で、ニコニコと機嫌の好いことが多く、他人との遣り取りや歌を歌ったり聴いたりするのが大好きであった。
慎二は他人の気持ちを和ませる祥太の存在にどれだけ救われたか分からない。
人見知りの激しい慎二が不安で胸を一杯にして初めて皆の前に顔を出した時、祥太がニコッとして近寄って来てくれ、そっと手を取ってくれたことで、スゥーっと肩の力が抜けて行くような気がしたのである。
「う~ん、歌かぁ~!? 歌なあ・・・」
音楽が大の苦手であった慎二は、何時もならば即座に断るところであるが、祥太の願いとあって、断り切れないでいる。
暫らく迷った末、蚊の鳴くような声で、
♪う~さ~ぎ~お~いし~、か~の~や~ま~♪
ぼそぼそと歌い出すと、祥太は大喜びで手を叩き、
「先生、上手いなあ~!?」
と感心したように言ってくれ、自分も如何にも楽しそうに、大きな声で歌い出した。
♪う~さ~ぎ~お~いし~、か~の~や~ま~♪
そんな遣り取りに慎二も段々楽しくなって来た。
学校に来るまでに面白くないことが有り、気持ちが沈んでならない時でも、
『朝の散歩のお陰で、今日1日を何とか乗り切れそうやなあ・・・』
と思うことが何度あったか分からない。
鬱々としながら散歩していれば
生徒等の笑顔癒されるかも