sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(4)・・・R2.8.12①

              第2章

 

              その3

 

 次の日曜日、藤沢慎二は婚約者の安永真衣子と一緒に彼女の住む町、生駒方面の一戸建て住宅を見て回ることにした。

 前の週、真衣子に見せて貰った新聞広告でマークしていた物件を含めて幾つかの新築および中古の土地付き一戸建て住宅を地元の不動産屋の案内で見て回ったところ、この地域は未だ下がり切っていない(※1)ようで、利便の割に高いような気がしてならない。

 その中で比べれば注目にしている物件は割安感があって、この地域に住む気であれば選ばない手はないように思われる。

 その辺りでは慎二と真衣子はどうやら意見が一致しているらしいのに、真衣子はどうも浮かない表情をしている。

 「どうしたんですか? もしかして一杯見過ぎて疲れたのかなあ・・・。だったら何処かでお茶でもしますか?」

 近鉄生駒駅で不動産屋と別れた後、気を遣った慎二がそう誘うと、真衣子は逆らわず、

「そうですね。では、そうしましょうか!?」

「それじゃあ、真衣子さんの方が詳しいでしょうから、適当なところに案内して貰えますか!?」

「はい!」

 真衣子は駅に隣接した小振りなビルの方に上がって行き、手前にある喫茶店に慎二を案内した。

 そこは新しくもなく古くもなく、都会的でもなく、さりとて丸っ切り田舎っぽくもない、生駒と言う市が持っている大阪の郊外都市的なイメージそのままの、真に普通の喫茶店であった。

《特に文句はないけど、取り立てて魅力のない、何だか真衣子そのままのようなお店だなあ》

 などと、慎二は心の中で真に失礼なことを思っていた。

 それはまあともかく、コーヒーを注文した後、暫らく2人とも黙ったまま虚空を見詰めていた。

 ウエイトレスがコーヒーを置き、立ち去った後、漸く慎二が、

「やっぱり、見せて貰った中では、あの相談していた家が一番好さそうに思えましたねえ!?」

「そうですねえ。第二阪奈沿いの中古の家も悪くはなかったけど、土地が30坪やったら、やっぱり狭かったですねえ!?」

「うん、その近くの新築予定地はもっと狭そうだったし、それに案内した不動産屋が、あそこの工務店が建てる家は梁や柱が細いんです、なんて言ってましたねえ!?」

「でも、そんなこと分かりませんよ。ここら辺りの新築物件は大体図面だけで、実際には未だ建ってませんもの。相談していた家をよく思わせるために、他は魅力のない物件ばかり紹介したのかも知れないじゃないですかぁ~!? いや、きっとそうだと思いますわぁ~!」

《元々は自分が紹介したくせに、真衣子は変に疑り深いことを言う。一体、あの家のどこが気に入らないんやろ!? 十分に広いやないか! ほんま、これやからお嬢さんは困るんやぁ~》

 生まれてこの方、地元では賃貸のアパートか文化、それに精々マンションと自称するハイツ(※2)程度にしか住んだことがない慎二には、どの物件でもそれなりに立派に見え、折角休みまで潰して見に来ているのに、真衣子がどうしてそんなに不機嫌になるのかよく分からない。

 真衣子にすれば、慎二が初めて会った不動産屋の言うことをどうしてそんな素直に信じてしまうのか? それが不思議で仕方がない。

《自分は新聞広告を見た印象だけからまあ好いかと思って紹介しただけで、それを保証と思って貰っては困る。お金を出すのはあなたなんだから、あなたが確り選ばなくてどうするの!?》

 と慎二のことを歯痒く思えて仕方がないのである。

 真衣子のように子どもの頃からずっと恵まれた生活をして来たものにすれば、如何に損しないように自らを守るか? そこの意識に欠けている者は今の快適な生活を到底保ち得ないのだから、保守意識の薄い者はどうしても愚かに見えてしまうらしい。

「あなたが好ければそれで好いんですけど、別にもっと見たって好いんですよ。それに今、あなたが住んでいる大阪府の東部辺りでも私は別に構わないんですよ」

 真衣子は何とかして慎二の安易に思える決断を抑えたいようであるが、プライドの高さがあからさまな表現を好まない。

「う~ん、迷うなあ。真衣子さんの実家が近い方が何かと便利だろうし・・・」

「それは勿論有り難いんですけど、母に言わせると、あなたの住んでいる辺りに昔住んでいたこともあるそうですし、私はどちらでも構わないんですよ。それに、2人でローンを組めば、もう少し大きな家にも住めると思いますの」

 慎二には、真衣子の言うことが以前と変わって来ているように思われてならない。以前には確か、「自分には収入がないから、先生の収入で望む広さの住宅と言うと、これぐらいでしょうか!?」と言ってあの物件を紹介したはずである。

「でも、以前はあれが精一杯だって、言ってたでしょう。僕もそう思いますよ。2人でローン、って言っても、真衣子さんは未だ講師だし、その仕事が何時でもあるとは限らないでしょう!?」

 慎二が出来るだけもやもやし掛けている気持ちを押さえ、理屈から切り返そうとする。

「いえ、大丈夫ですよ! 確かに私は今はまだ講師だから、仕事が切れることもありますが、その時は塾に勤めるなり家庭教師をするなり出来ますし、それも切れた時には父に泣き付きますわ。ホホホ」

《真衣子はもう28歳にもなるのに、何を甘えたことを言い出すんやろ!? それに、そんなことしたら男である俺の立場は一体どうなるんやぁ~!》

 慎二の鳩が豆鉄砲を食らったような顔が面白いらしく、暫らく悪戯っぽい目で眺めた後、真衣子は更に続ける。

「別にそんなこと少しも恥ずかしいことではないんですよ。現に幼馴染は父親に足して貰って白庭台に60坪ほどの土地が付いた家に住んでいますし、母方の従姉妹だって菖蒲池に80坪ほどの土地が付いた家に住んでいますのよ。どうして私がそうしてはいけない理由があるんですかぁ~!? もし父に泣き付くのがあなたのプライドに触ると言うのなら、いっそのこと、あなたのお父さんに相談してみればいいじゃありませんか!? あなたのお父さんなら、息子であるあなたの幸せを望まないはずはないんだから、きっと助けて下さると思うわぁ~」

 慎二にとっては聞くに堪えない真衣子の我がまま放題の言い草に、頭がクラクラして来て、ただ呆然としているしかなかった。

 

        結婚は互いの角を隠しつつ

        妥協する線探すものかも

 

        結婚は違う二人が相談し

        折り合いながら暮らすものかも

 

        結婚は互いのことを思い遣り

        与えることを喜ぶのかも

 

※1 当時3LDKで70平方メートルぐらいある賃貸マンションの1月当たりの家賃が生駒駅付近で15万円、東生駒付近で20万円ぐらいしていた。大手住宅会社等が扱う60坪の土地付き新築住宅であれば6000万円以上し、1坪当たり6、70万円ぐらいか? それに比べて割安感で売ろうとする中小の住宅会社は、たとえば高速道路の高架下、斜面下等の条件の悪そうな土地を開発し、1坪50万円ぐらいに設定して売っていた。 

※2 関西で言う文化、すなわち文化住宅とは木造2階建てで壁の薄っぺらい集合住宅で、各戸に台所、トイレが付いたぐらいの、一般的に言えば安アパートであった。たとえば韓国ドラマを視ていると、我が国で言うマンションのことをアパートと言っている。またハイツとは元々高台に建つ家だそうで、高級感があるが、我が国ではプレハブの集合住宅で、木造、鉄骨等も関係ないと言う。そう言えば筆者が静岡で住んでいたハイツと称する物件は大阪で言う文化であった。