sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

そして季節の始まり(7)・・・R2.8.1①

          第2章 大震災

 

             その4

 

 阪神地区にとんでもない大地震が起こり、乗換駅である生駒駅で立ち往生し、大阪府東部にある勤務校の曙養護学校まではとても出られずに諦めて家に帰って来ても、藤沢慎二は何もすることがない。

 もしかして、と思い、付き合い始めた森田晶子のところに何度か電話してみても、取る気配が全くないので、夜までテレビのニュースばかり観ていた。

 そして、午後7時過ぎのことである。

 

  トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、・・・

 

《もしかしたら晶子さんやろうかぁ~!? そや、晶子さんしかないわぁ~!》

 勝手に決め付けながら慌てて受話器を取ると、中年男性の声である。

📞もしもし、藤ちゃん。本田です。

 東京都内に住む本田登であった。本田は慎二が教師に転職する前、若草教育出版に勤めていた時の上司で、今は独立して編集事務所を構えている。慎二は時々そこから依頼される原稿も書いており、小遣いの足しにしていた。

「どうしたんですか!? この前に送った原稿に何か問題でも?」

 

 学生時代にそんなに勉強して来なかった所為もあって、何時まで経っても慎二は自分で書いた原稿に自信を持てなかった。

 それでも時間の割に実入りが好いから、後ろめたさを感じながらも、頼まれると断れなかった。そして、

《依頼されるのはある程度評価されているからやろう。仕事としての依頼やねんから、絶対そのはずや!》

 とそれを自信にしようとしつつ、やっぱり無理であった。

 

📞いや、そんなことじゃなくて、藤ちゃんのところ、地震で大変そうじゃない!? 大丈夫だろうか、と思ってさあ、電話してみたのよ。

 

 本田は新潟県の生まれであったが、大学は北海道で、東京、静岡と渡り、今また東京に住んでいるので、慎二からすれば初めはちょっとオネエのように感じなくもなかったが、長く付き合っていると決してそんなことはなく、ごく普通の気の好いオヤジであった。関西と関東ではこんなことも含めて言葉の行き違い、思い違いがよくあることと、慎二は経験上強く思っている。

 

「ありがとうございます。心配して下さってすみません。幸い、僕のところは殆んど揺れなくて、大丈夫ですよ」

📞そうか!? それは好かった・・・。でも、彼方此方結構大変なんだろう? もし何か出来ることがあったら、遠慮せずに言って!』

「ええ、ありがとうございます。そのお言葉だけでも気が楽になります。電車が止まって学校に行けなくなったし、友達や親戚に電話しようとしても中々通じないし・・・。でも本田さん、よく掛かりましたねえ!?」

📞うん。3回目だったかなあ、大分掛かったよ。どう、本当に何か困ったことはない? 僕に出来ることならするよ!』

 そんなにしてまで連絡をくれた本田に、慎二は熱いものを感じていた。そして、これを好い機会と思って甘えることにする。

「ありがとうございます。早速甘えるようで申し訳ないんですけど、この前までの原稿料、出来たら振り込んで貰えませんか!?」

 

 晶子とのデートに思っていたよりお金が掛かり、直ぐに動かせる普通貯金の残高が殆んど零になっていることが多少不安だったのである。

 正月明けに熱に浮かされたように日本橋(※)の電気街に出て、ついつい弾みで40万円以上するステレオコンポーネントを現金買いしてしまった。

 

大阪市内にある日本橋のことで、少し前まで電気街であった。今は歯抜けのように殆んど抜けてしまい、古本屋、DVD屋、食堂、ホテル、フィギュア屋等がその間を埋めてオタクの街へと変身している。

 

 晶子とデートすることが丸っきり頭になかったわけではないが、こんなに早く本格的に付き合い始めるとは思ってもみなかったのである。

 

📞それは別に構わないけど、どうしたの? やっぱり何かあったの?

「いや、そうじゃなくて、今度、新しい彼女が出来たもので、デート代が嵩むんですよ。ついこの前に別れたところだし、急にそんなことにはならないだろうと思い、貯金をいっこもして来なかったもんですから、恥ずかしながら金欠状態で・・・。でも、僕の方が大分年上だし、デートではやっぱり僕が出さんとあかんでしょう?」

📞ハハハ。そりゃそうだ! 藤ちゃんは今31歳か!? 結構好い年だし、ここは格好よく決めないとねえ・・・。ハハハハハ。ところで、相手は幾つ?

「ええと、確か今度24歳になると言ってたかなあ」

📞ええっ!? と言うことは、未だ23歳か・・・。そりゃ若い! 罪だねえ。フフッ。でも好かった・・・。それも含めて安心したよ! 分かった。早速送るよ。ええと、取り敢えず30万円ほどで好いかなあ?

「ええ、助かります! それではよろしくお願いします」

 電話を切って、慎二は急に視界が開けて来たような気がし、それからまた晶子に電話してみたが、やはり通じなかった。

 

        気遣って電話をしても通じずに

        事の大きさ知らされるかも

 

        予定外出費懐寒くして

        送金依頼ホッとするかも

 

            その5

 

  トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、・・・

 

📞はい! もしもし、森田です。

 1月18日の午後10時近くになって、漸く大阪府の南部に位置する泉南地区に住む森田晶子との電話が繋がった。

「あっ、晶子さん。ふぅーっ、やっと掛かった・・・」

📞あっ、藤沢先生。大丈夫ですかぁ~!? 私も何度か先生のところに掛けたんやけど、全然繋がらなくて・・・。

 既に大分親しくなっているはずなのに、手紙では書ける「慎二さん」と、電話や面と向かっては言い難いらしい。

 でも、藤沢慎二にとっては晶子のその恥じらいがまた好ましかった。

「僕のところはあんまり揺れなかったけど、晶子さんのところは大丈夫? テレビでは其方は震度5なんて言っているけど・・・」

📞そう。凄く揺れて・・・。それも何度も揺れて、ほんまに怖かったわ! 外に出ようと思ったけど、慌ててそんなことをしてはいけないって言うし・・・。あれは確かに震度5はあったと思うわ・・・。

 

 世代から考えても、それもずっと関西に住んでいて、これまでそんなに大きな地震を体験したわけではないだろうし、自分の中に地震のはっきりした目盛りがあるわけではないのに、感覚だけでそんなことを言う晶子が慎二には、変に理屈っぽくなくて、むしろ好ましかった。

 あばたもえくぼで、慎二は晶子の一挙一動に好ましさを感じ、それに比べて結婚する直前に破断となった安永麻衣子の腹立たしかったことが思い出され、繰り返しまた腹が立って来るのであった。

 

 結局、晶子の住む泉南地区も、家にひびが入ったところがあるぐらいで、そう大きな被害は無かったらしい。

 その後、慎二は大阪府の東北部に住む兄や両親と、そして翌日、神戸の海辺に住む祖父母とも漸く連絡が付き、色々状況を聞くことが出来た。

《兄の家には亀裂が入って家具が倒れたのかぁ~!? 大変そうやけど、怪我は無かったと言うしなあ・・・。祖父母の家は大丈夫や、言うし、これで繋がりのある範囲では住み家を無くしたものはいないらしい。流石に神戸では水が止まり、食料の確保にも苦労しているらしいけど、それもお袋が、親戚みんなで相談して何とかする、と言うてるから大丈夫やろうし・・・》

 と、漸く胸を撫で下ろしていた。

 

 ただ、阪神淡路大震災ともっともらしい名称が付けられ、連日報道されていることが他人事のようになって行くに連れて慎二は、

《お袋が、幾ら素人が勝手に動こうとしても何も出来へん、と言うても、実際には今も困っているはずの親戚に、一度も水や食料を届けることもせずに、俺は本当にこれでよかったのかなあ!? 気持ちの問題もあるから、顔ぐらい出した方がよかったんやないかな? それとも、やっぱり行くのは迷惑やったのかなあ? それでも行くのが親戚やから、やっぱり一度は行くべきやったなあ・・・》

 と忸怩たるものがなくはなかった。 

 

        少しずつ全体像が見えて来て

        無力な自分情けないかも

 

        震災の全体像が見えて来て

        動けぬ自分情けないかも