sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

そして季節の始まり(3)・・・R2.7.27①

          第1章 再生

 

            その3

 

 その日、宿に帰ってからも藤沢慎二はぼんやりしたり、あらぬ方を向いてぶつぶつ独り言ちたり、いきなりにやりとしたり、普段にない様子であることが多く、自分が結構な変人であることを承知していたから大概のことには動じない川田博美でも流石に呆れて、暫らく放っておくことにした。

「何や藤ピー、疲れているみたいやなあ!? 俺、ちょっとそこら辺の土産物屋でも見て来るわぁ~。藤ピーはどうする? もう少しここで休んどくかぁ~?」

 如何にもそう勧めるような問い掛けである。

 慎二としてもその申し出は誠に有り難かった。もう少し安永麻衣子のことを考え、整理してから気持ちを本命の森田晶子の方へ上手く切り替えたかったし、それに、出来たら晶子への年賀状をここで気持ちの熱い内に書いておきたかった。

「うん。そうやなあ。ほな、お言葉に甘えさせてもろて、独りでのんびり休ませてもらうわぁ~。悪いなあ・・・」

「いや、そんなことはないよ。ほな、行って来るわぁ~。先に寝ててもええでぇ~」

 川田が出て行った後、慎二は、雪国の見知らぬ家の、小ざっぱりとしているが、殺風景な部屋に独り取り残されたようで、ほっとしたような、淋しいような、ちょっと微妙な気持ちであった。

 

《ほんま、麻衣子には腹が立ったなあ。なけなしのお金をはたいて、彼女の実家に近いところに何とかそれなりの建売住宅を買ったのに、買うまでは、もっと小さな家でも良いのよ、あなたの今住んでいる近くでも構わないわ、なんて言うときながら、買った途端に、友だちはみんな親掛かりでもっと大きな家に住んでいるのに、自分で用意せなあかん分、私たちにはこれぐらいが精一杯だわ、なんて言いよる。確かにあれが俺にとっての精一杯や。それは自分でも重々分かってる。でも、町中のアパートで育った俺にしてみれば、あれでも立派なもんや。初めからそれは言うてるはずやのに、あんな言い方はないと思うわぁ~》

 慎二は、今住んでいるこの6畳の和室に、4畳半の和室と3畳ほどの小さな台所、それにトイレが付いただけの、築50年を超えるボロアパートで、兄が出るまで家族4人が肩を寄せ合って慎ましく暮らし、その後も自分が大学を出るまでここで暮らしていたことを懐かしく思い出しながら、改めて悔しさを滲ませるのであった。

《結局、俺が次男で、関西で少しは名の取った国立浪速大学を出ていて、実家が貧乏でも公立学校の教師と言う安定した職業に付いていて、気が弱そうやから、麻衣子にとってはすこぶる都合が好かったんかったんやろなあ。麻衣子は長女で実家大好き女やし、それにあんな風に我がままやねんから・・・。それに自分が思うように自己実現出来ていないと言う酷いコンプレックスを持っていたから、簡単に上に立てそうな俺を本能的に選んだんやろなあ。でも、現実の俺には麻衣子が期待するほどの上昇志向はないし、何でもふんふんと聞き届けるほどの余裕があるわけやない・・・。そやけど、自分に都合好く考えたと言うんやったら、俺も反省せなあかんなあ。俺は自分の実家にはない良家の雰囲気みたいなものを勝手に麻衣子の実家に求め、婚約するまで麻衣子自身のことなんか少しも見てなかったような気がするわぁ~。でも、家の中まで入って話をしてみたら、麻衣子のところも俺のところと大して変わらへん。幾ら綺麗そうに見えても、人間なんて誰でもどろどろしたもんを抱えながら生きているもんやから、ちょっと揺れ出したら、出るわ、出るわ。あの家も俺が入ってバランスを崩してしもたみたいで、何や悪いことしてしもたなあ・・・》

 これまで他人に悪口を言うのを控え、自分自身の中でも封印して来た負の感情だけに、一度許すと次から次へと溢れ出すのであった。

 慎二はそんな時の自分の顔を想像すると、《多分、酷く醜く歪んでいるんやろうなあ》と思われ、本当は避けたかったのであるが、思い切って身を任せてみると、途中で中々止められるものではない。

 ただ、別れた当初は、《もう麻衣子のことを悪く思ったり、言ったりするのを止めよう》とばかり心掛け、自分への反省はひとつもなかったのが、時間が経つに連れ、自分への反省も少しずつ加わって来たところに、人間と言うものの面白さがある。そして救われる面がある。

 慎二は感情の趣くままに心の中で、また時には小さな声で呟きながら、暫らく麻衣子のことを散々こき下ろしていると、流石に疲れ、段々気持ちを集中出来なくなって来た。

 他人のことを悪く思うのも、結構エネルギーのいるものである。

 そして、時々自分への反省を交えながら、よく考えてみれば、麻衣子もそれほど悪い女ではないような気がして来るのであった。

 

 その後も感情の高みに上ったり、落ち込んだり、何度か繰り返しながら、自浄作用により大分表情を和らげた慎二は、胸ポケットから、何度も読んで皴が寄って来た晶子からのクリスマスカードを取り出し、愛しむようにまた読み始めた。

 丹念に2回読んで、それでこの時は一定納得したのか? 今度は、昨日の昼間に土産物屋で買って来た絵葉書をリュックから取り出す。

 雪深い山間に真っ白い冬毛に覆われた雷鳥カップルが身体を寄せ合い、寛いでいるように見える構図で、晶子ならきっと喜んでくれそうな気がしたのである。

 

晶子さま

  明けましておめでとうございます。

 と言っても、私は今、年末の野沢温泉村でのんびりと骨休めをしています。

 晶子さん、風邪の方は大丈夫ですか?

 僕の方はスキーに来ていることからも分かるように、元気で、機嫌好く遊んでいます。

 特に、あなたからのクリスマスカードが届いてからは更に元気が出て来ました。

 それではまた帰ったらお便りします。

                                    慎二

 

 慎二は宛名に「晶子さま」と書くのはまだしも、自分のことを「慎二」と書くのには何度か躊躇い、書いてしまうと、もう後戻り出来ない喜びに震えた。

 そして、その勢いで宿近くにある簡易郵便局まで出掛けて、少し逡巡しながらも思い切ってポストに落とした後は、安堵の表情で「赤鼻のトナカイ」をハミングし始め、道行く人が振り返るのも構わず、そのままハミングをし続けたまま、弾む足取りで中心街を歩き始めた。

 

        澱を出し新たな相手胸に秘め

        足取り軽く歩き出すかも