その45
令和2年6月23日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着いて、玄関ホールでタイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりにたっぷりと取り、手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の間にも染み込ませようと指先を掌でトントンしたりし、ともかく丁寧過ぎるぐらいに念入りに消毒する。
この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、持参した米国製超強力うがい薬で何回もうがいをしておく。
そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
習慣的な朝の挨拶を交わした後、もしかしたら梅雨入りしてから蒸し暑くなって来た影響もあるのか? 梅雨の合間にもしっかりと感じられるほど紫外線が強くなっている効果も大きいのか? 我が国では急速に新型コロナウイルス感染症が収まっていること、また全国的に緊急事態宣言に続いて休業要請、更に都道府県をまたぐ移動の自粛も解除されている所為で早速気の緩みが出始めているのか? 福岡県、大阪府、神奈川県、東京都、埼玉県、千葉県、北海道等と、広範囲に亙ってまだ新たな感染者が中々0人を維持出来ないこと、時には無視出来ない数が出ていること、大阪でも難波、梅田、天王寺、京橋等の繁華街で人波は確実に増えて来ていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、程々に混んでいるときも増えたこと、外国では米国、ブラジル、イギリス、イタリア、ロシア、インド、イランと相変わらず広範囲に亙って猛威を振るっていること等、ひと通り世間話をし、それから慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そしてそばには、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
他人の目も意識して何処まで書くか何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出し、家を出る前、通勤電車の中等でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
ファンドさんの関心は既に投資関係の記事に移っており、またスマホの液晶画面を見詰めてぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
今日は今週2日目の出勤日である。
昨夜から暑くて寝苦しく、おまけに夜中に蚊が耳元でウィ~ンと羽音をさせた所為でエアコン、液体蚊取り器を入れた覚えがある。
暫らくして寒くなって来るとエアコンを切った覚えもあるから、朝方までに結構何度も起きて、寝不足になってしまった。
如何にも日本の夏って感じだなあ。フフッ。
お陰で既にかなり疲れが溜まって来た。
でもまあ今日を何とか遣り過ごすと一気に楽になる。
それが今年度のパターンになりつつあるようだ。
そのペースに少しは慣れたように思われる。
少なくとも気持ち的に大分楽になって来たようだなあ。フフッ。
そろそろと今のパターンに慣れ出して
そろそろと今の流れに慣れ出して
後今週助かるのは、明日までは何とか天気が持ちそうなことである。
雨が降っていること自体はそんなに嫌でもないのだが、移動中の雨はやはり嬉しくない。
なんて、ちょっと我がままかも知れないなあ。フフッ。
観るだけの雨なら気持ち軽くなり
観るだけの梅雨なら気持ち軽くなり
観るだけの雨なら気持ち楽になり
観るだけの梅雨なら気持ち楽になり
そう言えばもう直ぐ夏のボーナスが貰えるはずであるが、それも入れて後2回のボーナスをこれまで通りに貰えるのであろうか!?
ニュースによると彼方此方で削られるような感じになりつつある。
1人10万円ずつの定額給付金以上の回収が早行われそうな雰囲気になって来たようだなあ。フフッ。
そんなに直ぐ回収しようとせずに、情けは人の為ならず的な巡り巡ってと言う感じにして欲しいものである。
それはそうと、アベノマスクは我が家でもあまり受けが好くないようで、予備に回されている。
基本的に小さ過ぎるのだ。
ミャンマー、ベトナム、フィリピン等、作っている国ではそんなに小顔なのかなあ?
ついついそう思えて来る。
日本人は何処よりも大きな顔をしている、なんて洒落にもならないなあ。フフッ。
それはまあともかく、私の場合、今のところ使い捨ての不織布マスクが呼吸、会話等を考えても一番楽なように思える。
さて、そろそろ出る準備をした方が好さそうだなあ。
仕事はともかく、今日の楽しみは韓国ドラマ視聴、書き物、それに読書か?
なんて、何時もと変わらないなあ。フフッ。
ただ書き物でも、昨日はブログ以外にSNSでの交流もした。
人と交わると言うことはやはり別の刺激があるようだ。
また、読書としてはNHK大河ドラマに影響されての戦国物関連だけではなく、NHK朝ドラに影響されての古関裕而関連が加わった。
なんて、我ながら影響され易い奴だなあ。フフッ。
それはまあともかく、昨日は「鐘よ鳴り響け 古関裕而自伝」(集英社文庫)を読み始めた。
楽天ブックスからは他にも数冊届いたので、のんびり楽しみたい。
暇時間裕而の鐘が鳴り響き
余暇時間裕而の鐘が鳴り響き
さて、出てみると今朝は青空が広がり、陽光が眩しい。
通勤電車の中では未だマスクを着用している人が殆んどであるが、日中と朝夕の寒暖差が大きい所為か、風邪気味の人が増えているようだ。
彼方此方から咳や咳払いの音が聞こえて来る。
大阪府の場合、昨日は確か新型コロナウイルスの新たな感染者が0になっていたような気がするが、先週の様子を見ても、ちょっとしたことでまだまだ出て来るから、油断は出来ない。
たとえば昨日のニュースによると、大分前に彼方此方で大騒ぎになったO157がまた出たようである。
この場合、ウイルスではなく、病原性の大腸菌であるが、ともかく漸く収束したと安心し掛けていても、何処かに潜んでいる点では共通している!?
退治したつもりの中をもぞもぞと
退治したつもりでもまだもぞもぞと
なんて書いている内に、通勤電車は生駒トンネルを抜け、今、石切駅を出た。
遠くにあべのハルカスがはっきりと見える。
青銅色に輝き、その点でも周りのビル群より目立っている。
そう言えば私には、そんな風に周りより突き抜けた経験がない。
唯一多少は誇ることが出来た学業成績にしても、よくて2番手であるから、それでも言えば自慢になるが、言ってもマウントは取れない。
ただの嫌味な奴になる。
教師達からも、何かと一番手の生徒を例に挙げ、引き下げられることが多かった。
ほんと、何に付いても中途半端やなあ。フフッ。
なんて書いている内に、職場の最寄り駅が近付いて来たようである。
色々思っていても、陽光がやけに明るい所為か、気持ちが暗くはならないようである。
陽光が自然と気持ち引き上げて
陽光が自然と気持ち明るくし
それはまあともかく、昨日の帰りの電車で顔見知りの青年に会い、彼がしみじみ言っていたことを思い出した。
自分らに比べて今の学生は可哀そうだ、と言うのである。
長期に亙る自宅待機、マスクをしての登校等を指しているようだ。
自分が学校に行っている間にそんなことは無かったと言う。
それだけ見れば確かにそうかも知れないが、これから何があるか分からない。
過去にも大きな災害、戦争等、色々なことがあった。
そんなことを言っておいた。
人生は塞翁が馬思い出し
コロナ禍や塞翁が馬思い出し
その辺りまで書いて、自分なりには今日も上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張が高まって耳をひくひくさせている。
「ブログさん、相変わらず毎朝、よう精が出ますねえ。どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはそう言って半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせて、ちょっと遠い目をしながらしみじみと言う。
「ほんまですねえ。今、こんな風に何だか変なことになっていますけど、これまでにも大きな台風や地震があったし、バブルが弾けるまでの好景気もあった。これからも何が起こるか分からへん。これまで幸せやったことを喜ぶのはええけど、それが当たり前と思わん方がええんでしょうねえ・・・」
「そうやろぉ~。でも、アベノマスク、大人にはちっちゃ過ぎるなあ。メルカリさんのとこみたいに子どもが多かったらええけど・・・」
「そうですねん! 僕のとこ子どもが3人とも小さいから、学校から貰った手製のマスクやらアベノマスク、それに家に漸く届いたアベノマスクで大分助かってますわぁ~。一杯持っていたはずの不織布マスクも流石に残り少なくなって来ましたからね」
そこで慎二は以前にファンドさんから聴いていたことを思い出したので、メルカリさんにも伝えておくことにした。
「ところでメルカリさん、家族が多い場合、アベノマスクを追加注文出来ること、知ってたぁ~?」
「えっ、ほんまですかぁ~!?」
メルカリさんはちょっと目を輝かせながら続ける。
「ほな、家の家族と、嫁さんの実家も家族が多いから、追加したら後何枚貰えるんやろなあ~?」
「でも、一杯集めて転売したらあかんでぇ~」
「ハハハ。そんなことしませんってぇ! ハハハハハ」
笑いながらメルカリさんはそう言い、軽やかに立ち上がってコーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当している若い依田絵美里がお茶を持って来て慎二の机の上にそっと置き、「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせて、
「正木さんに聴いて私も申し込んでみたんですけど、配布が終わるまでって、暫らく待たされています。ネットで検索したら配布が概ね完了とか出ていますから、もう直ぐでしょうけどね・・・」
そう教えてくれ、返事を待たずに戻って行った。
《流石依田さん。気が利くなあ》
と声に出す暇もなく、慎二はボォーッと絵美里の背中を目で追っていた。
アベマスク追加注文出来ること
知って少しは見直すのかも