sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(21)・・・R2.6.4①

            エピソードその18

 

 青木健吾にとっては子どもの頃から何度も来ていた名古屋(名古屋市内およびその文化圏)であるが、子どもの頃は大阪(大阪市内およびその文化圏)に比べると圧倒的に地方であった。

 その後、東京の方にも住んだ経験からすると、大阪も地方なのであるが、それでも古くから開け、我が国では第2の都市圏であると言う自負がある。実際には大阪市自体を横浜市が人口的に抜いて久しくなっていても、京都(京都市内およびその文化圏)が未だに東京(23区内およびその文化圏)をどこか下に見ようとしているのと似たようなところがある。

 ともかく大阪人にとって名古屋は田舎の中の大都会で、実際に名古屋市が他の大都市よりも土地に恵まれ、市内であってもまあまあの庭を持つ土地付き一戸建てが買い易いと言うところも余計にそんな気にさせる。

 それから、ちょっと失礼な都市伝説? として名古屋の女性は全国で一番不細工と言われるのがある。単純なところがあり、影響され易い健吾はそれをまともに受け取り、名古屋に行く度にしみじみと実感していた。

名古屋駅近辺の地下街を歩いている子を観ていても、多少はましになって来た気もするけど、ほんま、不細工やわあ~。神戸市にある三宮辺りの子は垢抜けしてるし、東京の子はスタイルが好くて、ほんま綺麗やったぁ・・・。じっと観てたら一瞬付いて行きそうになったわぁ~》

 おどおどとして気弱そうに見える健吾の内面では、28歳になったところでありながらも、早中年化し、そんなオヤジのような邪念が蠢いていた。

 ただ、日本全体が高度経済成長期にある中、名古屋が先頭を突っ走るように急速に変化しているのも確かに実感された。

 夏の真っ盛り、健吾はそんな名古屋市内で愛知県の教員採用試験の2次試験を受けた。1次試験を合格していれば大丈夫と言って貰えた安心感もあり、2次試験、面接と人見知りで上がり症の健吾としては意外とすんなり行った所為か、結果は9月になってからと言うことで暫らくはムズムズさせられるが、そんなに不安でもなかった。

 それからお茶と生け花を教えている伯母、早乙女瞳から紹介された弟子、井坂恵子との見合いの方も健吾の中では悪くなかった。これにはどうやら上の安心感以外に本命としての中野昭江がいることからの保険的な安心感もあったようである。

 初回は7月の終わりに瞳の家で双方の両親を交えての顔合わせとなった。

《何やえらい大層やなあ。こんな本格的な見合いやとは思てなかったから、緊張してまうわぁ~》

 と健吾は思わないでもなかったが、母親の由美子がよく見えない目を斜め下に向けながら、いきなりのように自分の生理が上がったのが何時だとか、恥ずかしいことも含めてどうたらこうたら喋り出し、それに対して恵子の母親、明美が余裕の表情で笑って聞き流しているのが分かり出してから、すぅーっと肩の力が抜けて来た。

《何でもありやなあ。フフッ。今更気取ってどうしても勝ち取らなくてはならないものでもないし、所詮保険やしなあ》

 そんな安心感と言ったところであろうか!?

 2時間ほどの会食の後、解放され、2人だけで近くの喫茶店でもう少し話をすることになった。

 改めて対面すると流石に緊張したが、夏物の薄いピンクのワンピース姿が何だか初々しい。

《まだ学生やと言われても、そのまま信じてしまいそうやなあ・・・》

 健吾が恥ずかしくなって思わず目を伏せると、ミディーのスカートからすらりと伸びる、膝から下が長くて引き締まった脚が目に入り、頭に血が上り出したので、顔を上げようとすると、今度はこんもりと丸い御椀山を思わせる形の好い柔らかそうな胸の膨らみが目に飛び込んで来た。

《嗚呼、どうしょう!? こんなんどこを観たらええのか分からんわぁ~》

 惑乱した健吾が黙っていると、そんなあかんたれ男子との見合いにも慣れているのか、恵子が微笑みながら訊く。

「青木さん、愛知県で教員の採用試験受けられているのですね?」

「はい」

「何方も1次を合格されたとお聴きしましたが、2次の方は如何ですか?」

「まあ何とか・・・。ところで井坂さんは時田自動車にお勤めでしたか?」

「ええ。総務課に勤めています」

「そしたらお休みは土日ですか?」

「ええ」

「好かったら明治村かどこかに一緒に行きたかったところですが、これから大阪の方でも公務員と教員の採用試験の2次があって、残念ながら8月一杯は忙しそうなので申し訳ありません・・・」

「うふっ。そんなことは気にしないでください。ご事情はお聴きしていますからまた9月にでも。それに名古屋の夏は暑いですから・・・」

《確かに名古屋の夏は暑いなあ》

 共感しながら健吾は恵子の如才のない返事に気を好くしていた。観ていると言うことは観られていると言うことでもあると想像もしないで。

 それでも健吾が8月の空いている日曜日に名古屋市水族館に誘うと躊躇うことなく応じ、予定を合わせてくれた。

 ただ、たまたまかも知れないが、薄い水色のパンツスーツ姿で、ヘアースタイルは後ろで軽くまとめてあり、前回よりも戦闘モード? になっていた。やはりオヤジ臭い視線を鋭く感じていたようだ。

 それでも長身のモデル体型であるから十分に目立ち、そんな恵子を連れて歩いていることが持てた経験の極めて少ない健吾にとっては誇らしく、隙を見てちらちらと脚、背中からうなじ、胸へと視線を走らせていた。

 なんて書いていると自分でもちょっといやらしいことをしている気持ちになって来るが、男女において、特に結婚を意識した見合い、デートにおいてそんなことは当たり前のことである。実際に見合い結婚をしたある人に訊いてみると、その人は胸の大きな人が好きだそうで、デートでプールに誘い、それが決め手となったと言う。応じた女性もそんなことがデートの時点から分かっていて応じたのであろう。

 それはまあともかく、健吾はやはり不器用過ぎたようだ。ギクシャクとして露骨な視線に恵子は嫌悪まで行かなくても、ちょっと恐怖を覚えたようである。また弾まない会話に何か違うと感じたようでもあった。

 そんなことになっているとは全く知らない昭江であったが、全く逢わなくなった健吾にちょっと寂しさを覚えつつも、勝負の夏を何とか乗り切ったようである。7月に受けた外部の模擬試験において合格率が健吾の卒業した国立浪花大学では50~75%のB判定、兄の陽介が通う国立阪神大学では75%以上のA判定と1ランクずつ上がっていた。それが励みになって勉強が進み、夏の終わりに行われた校内の実力テストでも今までにない手応えを感じていた。

《今までは青木先生に頼りっ切りやったけど、この夏は自分独りでも何とか勉強出来た・・・。青木先生も上手いこと行ってるのかなあ?》

 そんな風に他人のことを気にする余裕まで生まれつつあった。

 

 また夏の高校野球の大阪予選までは順調に来た柿崎順二のその後のことである。
地域トップの公立進学校である北河内高校にとってベスト8まで行ったことは快挙であり、準々決勝で負けたとは言え、野球強豪校の私学、応蔭学園のエース、牧田伸作相手に投げ合い、0対2と惜敗したのは十分に誇って好い。

 しかし、数字には表れない本人だけが感じる何かがあったようで、その後順二はプロを口にしなくなった。どんな場合でも付いて行く気になっている橋本加奈子にも怖いぐらいのオーラが順二を覆っていたので、8月に入ってからの一時期、加奈子は声を掛けるのも躊躇い、自然とデートの回数が減っていた。

 その分、加奈子の勉強も進んだようである。7月の終わりに受けた外部の模擬試験において市立浪花大学の合格率が50~75%のB判定であるのは変わらなかったが、順二に進路的な迷い、いわばこの2人にとっても初めての危機が訪れたことによりかえって引き締まったようであった。

 順二の方も加奈子の想像以上にしっかりした面を観て安心したのか、半月も経たない内に迷いが吹っ切れ、また加奈子と一緒に勉強したり、デートをしたりと日常を取り戻していた。

《別にプロにならんでも、大学で野球を楽しめば好いし、上手く行けば実業団に入れるかも知れん。その方が加奈子とはかえって早く結婚出来る気がするし、俺、それでもええわぁ~》

 諦めが付くとあっさりしたものであった。

 そしてこの2人も、夏の終わりに行われた校内の実力テストにはまあまあ自信を持って臨めたようである。

 ただ、そんなこんなと色々あって、またじっとしていても汗ばむ暑さもあって、デートの方は取り立てて進展が見られなかった。

 なんて、何度も言うようであるが、もう結婚まで決めているカップルにおいてそれは時間の問題であると共に条件の問題でもあるから、周りがやいやい言っても仕方が無いのかも知れない。

 

 それから今回は最後になった丸山康介と安藤清美の場合である。この2人、元々色事には焦っていなかったから、やっぱり一番の問題はお互いの進路についてであった。

 受験戦線へと蘇ってからの康介はすっかり上昇気流に乗り、しかも実際にはもっと上位にある人生の問題に悩んで来た彼にとっては大学受験に関することなど小さな問題になっており、理屈で片付く問題であった。7月に受けた外部の模擬試験において合格率が国立東都大学では50~75%のB判定、国立京奈大学では75%のA判定と変わらなかったが、校内における順位では受験生の中で3番となっていた。北河内高校からの受験生の半分以上が受けており、それは浪人も入れての結果であったから、十分に自信になる結果でもあった。

 一方康介と差が付き、ちょっと落ち込んでいた清美であるが、同じ模擬試験において国立京奈大学では25~50%のC判定、国立浪花大学では50~75%のB判定と上がっており、ちょっと自信を回復していた。

 気を好くしたこの2人、2人だけの勉強会の方も順調に進み、約束していたひらパーでのデートも楽しく過ごせたようだ。誘った康介よりも楽しみにしていた清美が入ったら直ぐに目を輝かせながら、

「なあなあ、何から乗るぅ~!?」

 と言うと、康介も満更でも無さそうにガイドのリーフレットを開きながら、

「そうやなあ。別に何でもええけど、順番に乗って行こかぁ~」

 入場料+フリーパスで3000円であったから、高校生の財布にはちょっと痛かったが、片っ端に乗って行った2人には安いものになった。

 もっともこの2人、どこの支払いも割り勘で、その辺は割り切っている。

 それが好かったのか? 悪かったのか? よく分からないが、意外と緊張が無かった分、日が落ちて辺りが薄暗くなり始めた頃、彼方此方の陰でカップルが好い雰囲気になり、自然な流れでキスをし始めると、何だか自分達もそうしなければいけないような気になってしまった。

 先ず言葉が途切れ、見詰め合う。

「・・・・・」

「・・・・・」

 どれぐらいの時間かも分からず、そうしている内に康介が不器用に迫って、ガチッ。

 歯をぶつけ合ってしまった。

「ウフッ」

 可笑しくなった清美が今度は迎えに行き、すんなりと口を合わせられた。

 やっぱり若い2人である。そうなったら抑え切れず、何度も求め合い、次第に深く絡み合っていた。

 それが長い時間であったのか? それともはたから見れば意外と短かったのか? は分からないが、今はそれ以上近付けないのを2人とも分かっていたように、何方からともなく離れ、その後その日は殆んど無言のままで帰りの電車に乗っていたのはおかしい。

「うふっ。うふふふふ」

「ははは。ははははは」

 別れ際に見詰め合った時、お互いに可笑しかったのが分かったようである。そんな風に笑いあった後は、特に次の約束もせずに普通に、しかも既に慣れた様子で恋人たちの自然なキスをしてあっさりと別れた。

 それはまあ当然の流れであったようで、この2人、この本格的なと言う意味においては初デートの次の日も、特に変わったことは無かったかのように学校の図書室で普通に向かい合い、受験勉強に励んでいる姿が見られた。

 

        其々に勝負の夏を乗り切って

        何とか力付けているかも