sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

熟年ブロガー哀歌(5)・・・R2.4.8①

                その5

 

 その後、指定された実験を見事成功させ、ホワイトホールからの帰還で若返って無事帰還した大林盛夫は、約束通りに地球に返された。

「嗚呼、漸く帰って来ることが出来たなあ・・・。今日は一体何年の何月何日だろう?」

 地元の乗換駅である生駒駅でスポーツ新聞を買うと、2010年10月16日とある。

「そうかぁ~。5年も家を空けていたのかぁ!? 未だ家はあるかなあ? それに、侑子の奴、一体どうしているのだろう?」

 一緒にいるときは殆んど空気のような存在になっていて、心配することなどなかったが、流石に5年も家を留守にすると、気が引ける。

 取り敢えず、生駒駅から家に電話を入れてみた。

📞「はい。大林です」

📞「もしもし、俺やぁ~」

📞「えっ!? もしかしてあなたぁ~?」
📞「そうやぁ~。侑子、お前、元気でやっていたかぁ!? 長い間、家を空けててご免。どうしても帰れない事情があったんやぁ~。そのわけは追い追い話すけど、これから帰ってもええかぁ~?」
📞「何を言うの!? あなたの家じゃありませんかぁ~。直ぐに帰って来てぇ!」

 既に声が濡れている。

 侑子には未だそんな可愛いところも残っていたんだ・・・。

 大林は胸を撫で下ろし、ウルウルしながら自宅へと繋がる生駒線への階段を下りた。

 幸い、家はそのままの状態であったし、妻の侑子も、多少は老けたものの変わらない様子であった。そして侑子は、大林をちょっと長い出張から帰った程度の表情で迎えようとしていた。

「お帰りなさい。疲れたでしょう?」

 しかし、その試みは全く上手く行かなかった。それには大林が若返り過ぎていたのである。欲張った大林は20代に見えるほど若返っていた。

「どうなさったんですかぁ~、その姿!?」

 目を見張っている侑子の顔が可笑しい。大林は得意であった。

「ハハハ。若くなっただろう? 事情はゆっくり話すが、宇宙まで旅をして来て、30歳ほど若くなって来たんだぁ~」

「そ、そうですかぁ・・・。何にしてもよかったですね!? これであなたの夢を追い掛けられるかも知れない・・・」

 俄かには信じがたい話であったが、事実を目の前にしたら信じるしかない。

 しかし、侑子は嬉しくなかった。自分はそれなりの年になっているし、見違えるように若返った大林に何れ飽きられるかも知れない。それに、内面的に落ち着きつつある自分に比べて大林は前以上に軽佻浮薄になっている気がする。

《大体何なのよぉ~? 勝手に長い間家を空けて、自分だけが若返って帰って来るなんてぇ・・・。ずるいわぁ~!?》

 落ち着いて来ると、怒りがふつふつと湧き始めた。

 

 そんな隙間風が吹き始めた或る日のこと、大林が仕事を早めに終えて帰って来ると、家は更に寒い状態になっていた。

 人気がなく、歯抜けのように色んな物がなくなっている。

 注意して見ると、それはどれも侑子が持って来た物か、結婚してから侑子が気に入って買った物であった。

 そして卓袱台の上には何やら走り書きしてある白い紙が一片、微風に揺れていた。

 大林は手に取り、目を走らせた。


大林盛夫様

 長い間お世話になりました。
 あなたが留守の間、私は一日千秋の思いで待っておりました。そして、5年もの時を経てあなたから帰って来たと連絡を受けたとき、本当に嬉しかった。
 でも、あなたを目の前にしたとき、外見だけではなく、何かが変わったことを感じました。今まで2人で積み上げて来たものが音を立てて崩れて行ったような気がしました。
 残りの時間をあなたとはやって行けない気がします。あなたにはまだまだ時間が残されていそうですが、私にとっては努力するには短いので、これからは心置きなくお互いの夢を追い掛けましょう。
 探しても無駄ですから探さないでください。それではさようなら。
                                  坂本侑子

 

《一体どう言うことなんだぁ、これはぁ~?》

 これまでの態度や手紙から一瞬にして全て分かったが、俄かには受け入れ難かった。

 大林は通りに出て、辺りを見回した。

 勿論、抜けの多い大林を長年上手くコントロールして来た周到な侑子が、既に近くに居るはずもない。事実は事実として受け入れるしかなかった。

 それでも暫らくは落ち込んでいたが、日が落ち始めた頃、大林は漸く諦めて、独りの生活を始める覚悟を決めた。

《あ~あっ、でも俺の人生、これから一体どうなってしまうんだろうなあ?》

 勤めていた会社は勿論首になっていたから、今はフリーター生活であった。

《俺は今年でもう58歳のはずだけど、実際には28歳ぐらいの身体だから、世間ではニートとでも思われるのかなあ? フフッ。なんて、呑気なことを言っている場合ではないなあ。さて、どうしたものか? 今までの体験を小説にでも書いてみるかぁ~》

 そう呟く大林の顔を、生駒の向こうから夕日が哀しげに染めていた。

 

        独りだけ勝手な旅で若返り

        戻って来れば逃げられるかも