藤沢慎二が27歳の春、当時勤めていた受験関係の出版社、若草教育出版の編集取り纏めをしていた妙齢の女性、崎村京子が結婚を機に辞め、代わりに入って来たのが、新山澄江であった。澄江は地元の短大を出たばかりで、スラリと背が高く、小顔で、華のある可愛い顔立ちをしていた。
当時、出生地の大阪を遠く離れ、独り暮らしをして4年9か月になる慎二は、元々の若い子好みにもの寂しさも手伝って、当然のように惹かれ始める。
それを察したのか、一緒に物理の編集に携わっていた後輩の山内杏子がけしかけるように言う。
「新山さん、性格もすっごく可愛い子ですよ。藤沢さん、どうですかぁ?」
「えっ、どうってぇ?」
慎二は顔を真っ赤にしながら、とぼけようとする。
「おいおい、いきなり持っていかないでよぉ!」
澄江の上司で自称結構遊び人の真崎利治が笑いながら言う。
そんな会話に軽く付き合うほど慎二は擦れておらず、益々顔を赤くして、ただ俯いているだけであった。
その場はそれで終わったが、慎二の心の中は大きく波立ち、何時までも静まることがなかった。
そんなことが何回か重なる内に、慎二の心の中には自然と澄江の存在が大きく刻印されて行ったのであった。
《しかしなあ、俺と7つも年が離れているし、いきなり言えないよなあいきなり・・・》
気弱な慎二は何時もそうである。何か迫れない理由を見付け、それで自分を納得させようとする。
しかしこのときは、それだけの理由ではなかった。他にも同じ程度に気になる子がいたのである。
それはたまたまであるが、澄江と同期で、苗字が同じ新山久子であった。
久子は澄江のように、そこにいるだけで周りの人全てを惹き付ける煌びやかなタイプではなく、人を癒す微笑みを慎二にだけそっと届けるような深沈とした泉のようなタイプであった。
《本当は久子の方が一緒に居て気が休まるのだろうなあ!? それに、どう見ても気持ちがはっきり俺の方を向いている・・・》
勝手なことを思いながら、慎二はそれなりに幸せな日々を送っていた。
そんなときのことである。コンピュータルームの主任で普段からまあまあ気の合っていた根本隆から慎二に見合い相手を紹介しようと言う話があった。
「どう藤沢君、君、付き合っている人はいるのぉ?」
「いえ、別にいませんけどぉ・・・」
「それだったら、どう、見合いをしてみない? ちょうど好い人がいるんだぁ!」
「あ、ありがとうございます。でも・・・」
「でもって、藤沢君、もしかしたら誰か好きな人でもいるのぉ?」
「ええ、まあ・・・」
「それで、その人とは付き合ってるのぉ?」
「いえ、別に・・・」
「だったら好いじゃない!? 別に付き合っているわけではないんだったら、見合いもしてみたらいいと思うよぉ!」
「でも、待って下さい。この機会に思い切って告白してみますからぁ!」
「わかった。それで、好きな人ってのは誰? この会社の人?」
「あのぉ~、今度入ってきた新山澄江さん・・・」
「嗚呼、編集室の入り口の方に座っているあの背が高くて可愛い子かぁ~!?」
「そうですぅ!」
「ふぅ~ん、藤沢君のタイプはあんな子なんだ・・・」
「いや、別に容姿に惹かれたわけではなくてぇ~、彼女、性格が凄く明るくて、可愛いんですぅ!」
気の置けない人との正直なやり取りにおいて、美人だから、可愛いから、美脚だから、豊満だから、等々、別に容姿が好みだからと言ってもちっとも構わないはずなのに、慎二はそれを殊更に隠そうとする、古き良き時代の書生タイプを多分に残していた。
それに本心を言えば、もう少し澄江と久子の間で揺れていたかったところなのに、見合い話に背中を押された感じであった。その結果、迷うことなくぱっと目に付く澄江の方を選んでしまった自分を自分自身に隠したくもあった。
しかし、心の触れ合いどころか、表面的な付き合いも全くない典子にいきなり個人的な付き合いを求めても、それは無理と言うものである。慎二は外見で女性を惹き付ける方ではなく、直ぐに人の心を掴むような雰囲気や話術もない。ただ、一風変わった波動を出しているようで、それに共鳴するごく一部の女性がたまには居た程度である。
どうやら久子は、そのごく一部の女性であったらしい。
その久子に、慎二が澄江に一言の元にあっさりと振られたことを知られてしまったようで、擦れ違うときにさも哀しげな表情をするようになった。
《あ~あっ、久子にまで嫌われちゃったよぅ!? どうせなら初めから久子にしておいたらよかったなあ・・・》
そんな風に悔やんでみても、後の祭りであった。
仕方がなく、約束通りに勧められた見合いをしてみたが、写真の溌溂とした感じだけではなく、年なりに遊んでいそうな女性で、慎二は初めから気後れして、そんなに惹かれていなかった為、2人っきりになった途端にギクシャクし、会話が途切れがちであった。
それでも行きたいところはないかと聞かれた慎二が海と言い、彼女の運転で沼津の海岸まで行ってみたものの、真っ暗な海と砂浜しか見えず、話が全く弾まない。ただただ気まずい時間を過ごしただけに終わってしまった。
当然のように当日の夜、根本から断わりの電話が入った。
「悪いけどぉ、どうやら駄目みたいなんだ・・・。でも、どう? よかったら、もう一度プッシュしてみようかぁ!?」
根本はさっぱりとして、何処までも親切であった。根本のようなタイプであれば見合いをしても直ぐにOKを貰えるであろうし、第一出会いがあればものにするはずで、事実既に素敵な伴侶を得て、可愛い子らにも恵まれていた。
比べて生きることに不器用な慎二には男女双方のリズムが一致するような適齢期が必須で、まだまだその適齢期には遠かったようである。
「いえ、もういいんです・・・」
見合い相手との関係がこれで終わることについては大してショックを受けなかったが、拒否されたことはそれなりにショックであった。
若い頃自分勝手に募る恋
波の間に間に消えて行くかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
書いたのは15年ぐらい前であるが、似た事実はそれより更に20年以上前にあった。
それを見直しながら簡単に加筆訂正してみたが、これについては後日、もう少し膨らませてみたい。
それはまあともかく、恋とも言えない不器用な片思いを繰り返し、たまに気の合いそうで交際まで実現可能そうな子がいても、もっと手の届きそうにない、煌びやかな子にも必ずと言っていいほど気が行っていた私は、ついつい先ずは煌びやかに見える子の方に声を掛けようとしていた。
結果は上に書いたようなことの繰り返しであった。
そして、まだまだ適齢期ではなかったのも事実である。
当たり前のことであるが、それぞれの適齢期は平均を意味しておらず、それぞれにある。
ここに子を為す意味での生物学的な適齢期を重ねるから話がややこしくなる!?
心理的準備整う適齢期
其々違う時に来るかも