その1
《ううっ、気持ちいい・・・。このまま寝てしまいそうだ。いけない、いけない。うっかり寝てしまったら、一体何をされるか、分かったものではない。春江は未だ俺のことを怨んでいるであろうから・・・》
藤沢浩一は迫り来る睡魔、そしてそこはかとない不安と闘いながら、及川春江から足裏マッサージを受けていた。
幼馴染の高木綾子によると、
「春江は未だ浩一等、昔、自分のことを苛めた男子のことを怨んでいるはずで、思い込みの強いところがあり、手首のためらい傷がその証拠やわぁ~」
と言う。
言われてみると、確かに春江の手首には、かなり薄くはなっているものの、何本かのためらい傷がある。
《きっと怨みながら付けたんやろうなあ。でも・・・、ううっ、気持ち好いぃ~。もう我慢出来ない・・・》
浩一は微妙な恐怖感にひくひくしながら、夢の中に落ちて行った。
《今日の藤沢君はどうしてこんなに緊張しているのかしら? 初めの頃はマッサージし始めたら直ぐに寝入ってしまい、終わって起こすまで気付かなかったのに、今日は寝そうになっては必死になって睡魔を振り払おうとする。何だか私のことを警戒しているみたいやわやぁ~。もしかしたら、漸く私のことを思い出したのかしら?》
春江は浩一が自分のことを思い出したら思い出したで気が重かった。
浩一が初めて店を訪れたとき、春江は直ぐに分かった。どうやら浩一の方は自分のことが分からないらしいので、淋しくもあったが、その分、気が楽だった。そのまま言う積もりはなかったのである。
《でも、ただ思い出すだけではなく、嫌な記憶まで思い出したようやわやぁ~。そして知らない振りをする・・・。男の子なんて皆同じようなものね》
《どうして浩一さんはあんなに天邪鬼なのかしら? 浩一さん等男子が昔苛めた春江さんが居るのなら、あのお店には絶対行かない方が好いと忠告してあげたのに、少しも言うことを聞かない・・・》
綾子には到底理解出来ないことであった。
数日前、綾子は浩一とデートをしていて、春江が足裏マッサージ店に勤めていること、そして浩一がその店に客として通っていることを聞いたのだった。浩一の感触によると、春江はどうやら浩一のことに気付いていないらしく、また、春江の施す足裏マッサージが余程気持ち好いのか? 始めたら直ぐに寝入ってしまうと言う。
春江にはとかく微妙な噂がある。かつて皆から受けた仕打ちを怨みに思いながら、何度も自殺未遂をしているらしい。それなのに浩一は信用し過ぎではないか!?
春江とは小学校の3年生のときに出会った。酷く恥ずかしがり屋で、挨拶されただけで泣き出すような子だったので、周りの子、特に男子は面白がって話し掛けた。浩一もご多分に漏れず、ついついわざと話し掛け、春江が泣き出すのを淫靡な笑いを浮かべながら見ていた。
特に何か溜まっていたわけではない。初めは挨拶するか、何か用があって話し掛けるだけであったのが、春江の過剰な反応に遭い、心の奥に眠っていたサディスティックな部分に火を点けられたようであった。
快楽は障壁があった方が高まるものらしい。浩一等は叱られても、席を離されても、それがかえって刺激になるようで、執拗に春江に話し掛けた。時には心配する風を装いながら、猫撫で声を出して春江をいたぶり続けた。
《どうしてクラスの皆は私ばかりを責めるのぉ~? 私は少し話し掛けられただけでも恥ずかしくて仕方がないのに、涙が出て来て仕方がないのに、どうして余計に話し掛けて来るのぉ? 頭が真っ白になってしまう・・・》
春江は男子が何を話し掛けているのかさっぱり分からなかった。ただ、過敏になった身を刺すような雑音、そして淫靡な笑い声にしか聞こえず、優しさの欠片もない邪悪な笑顔にしか見えなかった。
それでも春江は、学校には行くものだと思っていた。6畳一間のアパートで乳飲み子を2人も抱えながら内職に励む母親のそばに、春江の引き籠る場所など何処を探してもなかった。
それに、学校に行けば栄養満点で美味しい給食がタップリと食べられた。
《どうして春江は泣いてばかりいるのかしら? 男子なんて別に大したことを言っているわけでもないのに・・・。そんなに嫌だったら、嫌だと言うべきよぉ! 言わないから余計に面白がって話し掛けられるんだわぁ~》
綾子はじれったくて仕方がなかった。それに、小さい頃はそんなに意地悪には思えず、むしろ優しかったはずの浩一が、他の男子と一緒になって、いや他の男子以上に春江を玩具にしているのが不思議であった。
しかし、苛めに参加するほどの気持ちがないだけで、止めるほどの気持ちもなかった。綾子を含め女子は、遠巻きに固唾を呑んで見ているか、無関心を装いながら実は興味津々で耳や目を欹てているか、幼いながらもう立派な野次馬に成り果てていた。
他人のこと言うほど皆は気にせずに
変わっていればつい弄るかも
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これは15年ぐらい前に書いたものを見直しながら加筆訂正したものである。
ほぼ私の分身であ藤沢慎二から藤沢浩一になっているのは、ちょっと距離をつもりであろうか!?
まあ小学校時代の黒歴史だからなあ。フフッ。
小学校に上がった頃は抜けていたようで、休み時間が終わっても教室に戻らず、度々担任の先生が呼びに来た覚えがある。
その分、軽く見られたり、からかわれたり。
やがてそれが苛めとなるのにそう時間を要さなかった。
それが2年間続き、3年生になった頃は大きくなり始めた私が、反対の立場になったように思います。
苛めっ子達に立ち向かうようになり、変わった子、泣き虫の子等を弄るようになっていました。
大きくなるに連れ恥ずかしくなり、避けるようにしていた覚えがあります。
私を苛めていた子等の私に対する態度もそんな感じでした。
それから40年も経っていたのに自分の中ではくっきりと残ていた恥ずかしさ。
自分にもそんな面があったと言うこと。
それは今後も忘れないようにしたいと思う。