棚から牡丹餅、他人の疝気を頭痛に病む、とは昔から言われて来たことである。確かに、
・転げ込んで来た思わぬ幸福に喜ぶ。
・他人から悪い気を貰って無駄に悩む。
外に漏れ出すほど気の強い人のそばに居ると、どちらもあり得ることである。どうせなら、幸せが溢れていそうな人のそばに行っておこぼれを頂戴しようではないか!?
そう考えて幸田行範は、経済的、立場的等においてなるべく恵まれた人のそばに居るようにしていた。
行範がこんな考えを持つようになったのは、逆の方の経験を何度かしたからであった。恵まれず、苦虫を噛み潰したような顔をした人、愚痴やため息の多い人のそばに居た結果、自分まで暗くなってしまったのだ。
元々自信のない方だから、初めは比較上の優越感が何となく嬉しく、困っている人を何とかしてやろうと思う自分の優しさが誇らしかった。
しかし、段々他人の心はどうしようもないことが分かり、焦れてムズムズして来るし、無力感に襲われるのも何だか心地好くない。気が滅入り、自分まで鬱々として来るのであった。
さて、条件的に考えて幸福そうな人を選んでそばに居るようにした行範。本当に棚から牡丹餅となったのか?
これがそうは行かなかったのである。人の欲は切りがないもので、持っているともっともっと欲しくなるし、失うことを恐れるものである。そして、幸福度が100%の人はまあいないから、牡丹餅は中々落としてくれず、落とすのはかすばかりなり、であった。それだけではなく、行範が持っているなけなしの幸せな気まで吸い取ろうとするので、好いところが少しもなかったのだ。
「あ~あっ、上手く行かないなあ。仕方が無いから、深呼吸でもするかぁ~!」
そう思って、空に向かって大きな口を開けた途端に、
ヒューッ。ポトッ。
「わ~っ! ペッ、ペッ!」
カラスの糞であった。
うかうか口も開けていられないので、固く閉じて、伏し目がちに歩いていると、
ゴン! ピカッ!
頭に激痛が走り、目から火花が散った。
どうやら低めの看板に頭を勢いよくぶつけたようだ。
こんな日はろくなことがない。下手な期待は捨てて、家で大人しくしていよう。
諦めて家に戻った行範は書斎に入り、インターネットのエロサイトを楽しんでいた。暗く沈んだ気持ちが少しは沸き立つかと期待したのである。
でも、これが呼び水になったのか、
ピカッ! ゴロゴロ、ドシャン!
「ワーッ! 助けてくれぇ~」
比較的高いところに立っていた自宅が落雷に遭って大きな穴が開き、豪雨の中、命からがら逃げ出した。
避難所になっている小学校の体育館に逃げ込んだ行範は、もうどうしていいか分からず、どうにでもなれ、とばかりに、床にふて寝を決め込んだ。
捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
そこまで悟ったわけではなく、覚悟まではしていないが、結果としてそうなったのは悪くなかったようである。行範が避難した後も、豪雨は中々収まらず、家の建っていた辺りは洪水に押し流されたそうだ。高をくくって、または欲をかいて居座ったり、一旦避難しても見に行ったりした人は何人も押し流されたと言うから、自然を甘く見てはいけない。
そこまで書いて、藤沢慎二は独りにんまりしていた。小話のネタが尽きて来た近頃にしては意外とすんなり書けて、ちょっと嬉しかったのである。
「父ちゃん。でも、この話、オチは一体何なん? ジェットコースターのようやけど、結論が何だか面白くないわぁ~。要するに、誰にも期待するな、変に期待しなければ悪くはならない、と言うことかぁ~?」
妻の晶子であった。書くことに熱中していた慎二の背中の方にそっと立ち、パソコンの液晶ディスプレー上に現われた慎二の小話を黙って読んでいたのである。
それを聞いて慎二はうなずきながら、
「そう! 流石、母ちゃん。よく分かってるやん。フフッ」
「何が、そう、よぉ! 全然面白くないわぁ~。読んで損したぁ。あ~あっ、何か面白いことはないかなあ~。どっか、行きたいなあ・・・」
ぼやきながら晶子は書斎を出て行った。
「ワァ~ッ! 何だ、何だぁ!?」
慎二の顔は恐怖に引き攣っていた。なんと、液晶ディスプレー上には晶子の言ったことがそのまま文章となって現われていのである。
慎二は暇に任せて馬鹿馬鹿しい小話を書いては独りほくそ笑んでいるだけであったが、どうやら晶子には気を取り込んだり、放ったりする能力が備わっているらしい。
「そうかぁ~!? だから俺は何でも自分で決めるのが苦手で、他人に頼ろうとするのかぁ~? 普通人なんやからそこは諦めて、平凡な幸せを待てばいいわけやぁ~。待てば海路の日和あり、て言うしなあ。フフッ。実際、前にはそんなこともあったしなあ。フフフッ」
そう独りごちながら、慎二は遠い目をしていた。
そのとき晶子の頭の中には、20代半ばで臨時職員として派遣された心霊科学研究所で慎二と出会った頃のことが鮮明な画像となって浮かんでいた。適齢期をとっくに過ぎても焦りが全く感じられず、のんびりとした毎日を送っていた慎二に、晶子は何か癒されるものを感じ、年が一回り以上も違うのに、それに持てなかったわけでもないのに、一見冴えない慎二と自然と付き合うようになっていたのだ。
待ってたら何時か幸せ来るかもと
期待すること楽しむのかも
期待することで気持ちが高揚し
幸福感が満たされるかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この話、10年以上前に書いたものに加筆訂正した。
事情あって長く休んでいた頃であるが、大分気が軽くなっていたようである。
それはまあともかく、マイナス面ばかり考えて落ち込んだり、嘆いたりしていても仕方が無い。
まだ、そんな人や意見とばかり付き合っていても仕方が無い。
引きずられるばかりである。
反対に、プラス面を考えて、つまり楽観的に生きていると、またそんな人と付き合っていると、気持ちが明るくなり、それだけでも幸せな気分になれる。
更に幸せを呼び込むかも知れない。
免疫力も少しは上がるだろう。
そんな風に思いながら、さてそろそろ仕事に出掛けるとするかぁ~!?
なんて、要するに今から通勤電車に乗るのが怖いだけやね。
沈みがちな気持ちを少しは高揚させようと、我ながら涙ぐましい努力をしているようだなあ。フフッ。
コロナ禍で沈む気持ちを盛り上げて
何とか外に出掛けるのかも