第2夜 リダーツ、ゲダーツ、モドレーヌ!?
大分前に、リダーツを飲んで肉体を離れると自由に何処へでも行けて、誰にも気付かれずに何でも観ていられることを、面白可笑しく同僚の研究員、秋山本純に話したところ、
「離脱しても観ることだけは止められないなんて、やっぱり君はちっとも解脱出来ていないなあ。どうせならその俗っぽさから解脱出来る薬、ゲダーツも一緒に開発しておけば好かったのに・・・」
と揶揄するように言われてしまった僕は、肉体を離れた今、澄み切った晩秋の空を彷徨いながら、取り敢えずカトリック教会へと向かうことにした。
解脱するのなら道を収める場所へ。そしてそれは修道院であるから修道女! いやいや、カトリック教会へ、と連想したのである。声を大にして何度も言っておくが、想像されるような疚しい気持ちなど爪の先ほども無い!
それはまあともかく、仏教寺院ではなくカトリック教会が先ず浮かんだのは、僕の原体験にある。神戸に生まれ神戸に育った母が馴染み深かった所為か、迷うことなく僕をカトリック系の幼稚園に入れたので、僕も何となくその空気に馴染んでいたからである。
あつ、いるいる! 教会へと向かうシスター達。観ているだけで心が洗われるなあ。フフッ。
おっと、いけない! もう心が弾み出した。軽くて抑えが効かないもんだから、何処までも飛んで行ってしまう・・・。
思わぬ強い弾性力を受けて急激に地球から離れてしまい、新たな引力を受けることによって何とか落ち着いたのは、見知らぬ、やや小型の惑星であった。
ここは一体何処だろう!? えらく殺風景なところだなあ。
「フフッ。また新しく、出来の悪い魂がやって来たとみえる」
何処からともなく皮肉っぽい声が聴こえて来た。
「姿は見えませんが、ここは何処ですかぁ~?」
「外の世界に対して至極暢気な君達の国では、名前をキャベツ星にすれば住んでいる人はキャベジン! なんて機嫌好く遊んでいるようじゃが、あの第10惑星(※)じゃよ」
(※今はエリスと名付けられ、機嫌よく回っている!?)
「ふぅ~ん」
「いや、もう惑星と言うのは古くなったようじゃな。今は矮惑星か? それとも準惑星か? 発見したと言っては大騒ぎして勝手に名付け、慣れた頃に今度は、惑星とは認めない、なんて言いよる。ほんと、欧米の奴等も勝手な奴等じゃ。それに比べれば君等日本人の方が稚気があって好いのかも知れないなあ」
結構拘っているようだ。それに天文学について最新の知見を手に入れているところからすると、どうやらかなり理屈っぽい魂らしい。
「誰のことを言っておるのじゃ!? 勝手にやって来て、勝手なことをぬかしおる。生意気な奴じゃ」
「あっ、僕の考えていることが直ちに分かっちゃうんですかぁ~!? それに、僕には何も見えないのに、どうして精神だけになった僕が居ると分かり、心の声が聴こえるんですかぁ~!?」
僕は不思議でならず、背筋がぞくぞくと寒くなって来た。
「フフッ。魂だけになったあんたには最早背筋などないじゃろ!? 何を暢気なことを言っておるのじゃ。フフフッ。わしらにあんたのことが手に取るように見えるのは、わしらもあんたも精神だけ、つまり魂だけになっておるからじゃ。いわば心眼じゃのう。フフフフフッ」
別の声がした。ここには一体何人いるのだろう!?
「あっ、また僕の心の中を読み取った!? 見えるだけならまだいいとしても、何も喋っていないのに、どうして考えたことまで分かっちゃうんですかぁ~!? そんなの酷い! これじゃあ僕だけ、おちおち休んでもいられないじゃないですかぁ~!」
「ハハハ。あんたは魂だけになっても、何も悟っておらんようじゃなあ。さてはもぐりじゃなぁ~!」
「えっ、もぐり?」
「ああっ、確り生きて解脱してから死なんかったじゃろう!? そんな肉体から抜け出た魂を我々はもぐりの魂と呼んでおる」
「勝手に呼ばないでくださいよぉ~! それに、僕はまだ死んでなんかいません! 薬でちょっとの間、肉体から離れているだけなんですからぁ~」
「道理で・・・。わしらのことが何も見えておらんようじゃから、自殺でもしたか? それとも変な薬でも使ってトリップした弾みで肉体から飛び出して来たのかと思っておったのじゃ。こんな風に噂しているわしらの声も聞こえなかったじゃろぅ?」
「ええ」
しかし、リダーツのことを怪しげなドラッグと一緒にするなんて心外だ!
「フフッ。同じようなものだ。離脱しても解脱していないのだから」
冷めた声が聴こえた。
「心の声まで聴かないでくださいよぅ~!」
「ハハハ。何を言う!? 心しかないのだから、それを聴かないでどうする? あんたが他人の心の小さな声を聴けないだけで、解脱したわしらには、どんな小さな声でも聴くことが出来るのじゃ」
「もぉ~っ、困るなあ・・・。それで僕の姿は一体どんな風に見えるんですかぁ~?」
「そうだなあ。見えると言っても、肉体を持っているときのようにはっきりした形として見えるわけではなく、いわばオーラのようなものじゃなあ」
「えっ、オーラ??」
「そうじゃ、オーラ。まあ、ぼんやりと色付いた空気のようなものじゃなあ。あんたの場合、ブルーのオーラが漂っておる」
「ええっ!? 僕には何も見えないし、何も聞こえないのに・・・」
「吃驚せんでもええ。今はまだあんたらの言う意味での実在の物を視たり、音を聴いたりしか出来なくても、澄み切ったここで暫らく修練を積めば、心の声を聴いたり、姿を視たりすることが出来るようになる」
「分かりました。ところで、この星のことを貴方達何と呼んでいるのですかぁ~?」
「まああんたらは色々と呼んでおるようじゃが、わしらは魂が肉体から離れて留まる場所と言う意味で、魂離場(たまりば)と呼んでおるよ。ここから先は太陽系を離れてしまう場所と言う意味も含み、中々奥深いネーミングじゃろぅ~?」
「何が奥深いもんですかぁ~!? なるおやじギャグじゃないですかぁ~! 解脱したと言ったって、ちっとも変わらないなあ。ハハハ」
「こらっ、何を言うんじゃ!」
あっ、怒った怒った。怒ったらくなった。これは面白そうな所だ。それに、今も言われたように、ここで暫らく修行すれば、少なくとも僕の透明になった肉体を見付けることぐらい出来るような気がして来た。
いや、そんなに簡単にことが運ぶわけがない。たとえ言われるような力を僕の魂が持てたとしても、その頃まで僕の肉体が無事でいられる保証なんて何処にもない・・・。
抜け出た当座は感じていた肉体への刺激も、この頃ではもう何も感じられなくなっていたし、この先一体僕は何時になったら僕の肉体に戻れるのだろうか? 嗚呼、このまま本当に戻れなくなってしまったらどうしよう!? これでは口の悪い秋山先輩にまた、
「ハハハ。リダーツまでは何とか出来ても、ゲダーツは到底無理だろうから、諦めてモドレーヌでも作ったんじゃないか? ハハハハハ」
なんて品の悪い冗談を言われてしまいそうだなあ。フフッ。
なんて馬鹿なことを言っている場合ではない!?
離脱して解脱出来ない我だから
何時になっても戻れぬのかも
そう思って観る太陽系の外は想像以上に暗かった。