sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード24)・・・R2.2.15①

             エピソード24

 

 尾沢俊介は時々父親の良治のことが分からなくなる。と言うか、原因はずっと前に若い男と手に手を取って逃げた母親の芙美子にあると思っているが、なぜそれが今でも変わらぬ強さで迫って来るのか? それが理解出来ないし、理解したくもなかった。

 夏休みが過ぎたばかりで、朝夕に多少の秋らしさが見えて来たとは言え、まだ昼間の格好のまま居られないほどではない。ただ、それなりに立派な家があるのに、こんな郊外の住宅地内にある公園のベンチで独り過ごすのが惨めだし、寂しいだけであった

《さて、どうしたものかなあ?》

 考えるほど選択肢があるわけではなかった。最近付き合い出したばかりの彼女の西野玲奈は、簡単には一緒に外泊してくれそうにない。話を持ち出そうとさせない絶妙のタイミングで、何時も微妙な用事を持ち出して、明るい内に怖いように帰って行く。良治の芙美子に対する理不尽さがトラウマとなり、今も現在進行形として時々意識させられているから、先に迫られたとは言え、自分も好きになりかけている玲奈に無理強いはしたくはない。それに、彼女の家は6畳と4畳半の2間っきりの安アパートに母親と彼女を含めて3人の子どもの計4人が寄り添うように暮らしている。事情が分かれば余計に、それ以上迫ることなど出来なかった。

 と言うわけで、当座の仮の宿を数少ない親友の中から選ぶことになるが、優等生で裕福な家庭の西木優真か、おっとりしたところがあり、狭いにしても6畳の自室を与えられた藤沢浩太に頼むことになる。

 優真は親友であるだけではなく、幼馴染みでもあるから、嫌いなわけはない。ただ、男同士としてあんまり頭を下げたくはなかったのである。

 勉強では全く敵わないし、スポーツでも全範囲を考えれば、勝負にならなかった。優真はゆったりと大柄で、筋力、持久力共に優れていたから、小柄で敏捷な俊介が対抗出来る種目はそんなに多くはなかった。

 では、男振りの方はどうだろう?

 こればかりは趣味の問題が入るから俄かには決めかねるが、例えばバレンタインデーに貰ったチョコレートの個数とその内の手作りの個数を指標に取ると、勝ったり負けたりであった。今春について言えば、俊介の場合、15個貰い、その内の手作りは3個であった。優真の場合、13個貰い、その内の手作りは5個で、しかも圧倒的にの手間暇が掛かっているように見えた。打率にして2割ちょうどと3割8分強であるから、やけに差が際立つ!?

《しかし男の値打ちとは、そんな風に後から人間が決めた価値観だけでは測れないところがあるはず・・・。そこまで入れたら俺は優真に決して負けてはいない!》

 要するに、動物の雄として競り合うものを強く感じていたのである。

 それに対して浩太には、そんな部分を少しも感じさせられなかった。成績の悪さ、スポーツでの中途半端さを取ったら、むしろ優真とよりはずっと近いはずなのに、男同士としての競り合うような緊張感が全くと言っていいほどなかった。

 どうやら浩太は俊介と優真の間の緩衝材となっていたようである。居ても会話の中に入ることはあまりなかったが、居ることで俊介と優真の会話が何となく円満になり、妙にぎくしゃくしたり、変に尖ったりしなかったのである。

 と言うわけで、束の間の休息の場所を借りる為の答えは端から決まっていたが、

《でも、どうしょうかなあ? やっぱりぃ~、優真のところの方が足を伸ばせるだろうしあ・・・》

 最後に形だけの葛藤をして見せた。そうすることで、俊介はせめてものプライドを守りたかったのである。

 一方浩太は、俊介がクラブをさぼったことにより良治からきつく叱られ、家を叩き出されて、既に2日も野宿していることに胸を痛めていた。

「なあなあ、母ちゃん。俊介の奴、また家から叩き出されよってん。出来たら泊めたってくれへんかぁ~?」

「ええけど、今度は一体どうしたん? なあ、父ちゃん、ええやんなあ~?」

 母親の晶子も気になっていたので、出来れば泊めてやりたかった。それと母親らしい心配が先に出て、形だけの大黒柱である慎二への気遣いは最後になった。

「別にええけど・・・、布団あんのんかぁ~?」

 慎二としてもかなり気にしていたので、快く引き受けてやりたかったが、矢張り晶子の切り出し方にちょっと引っ掛かった。それだけのことで、全く他意はなかったが、渋面を作って、大したことがないことを、さも難しい問題のように聞いた。

「大丈夫、大丈夫。まだ暑いし、雑魚寝でも何でもええねん。夜露さえ防げれば・・・。ほな、ええなあ。浩太、早よ俊介君に電話したりぃ~」

 晶子は慎二の最終的な答えを聞く前にさっさと決め、話をどんどん進めてしまう。何をしようが、どうせ愚図愚図言うに決まっているし、晶子の決定に逆らうことはまずないから、結局それで支障ないのである。それが分かるぐらい夫婦としての歴史を共に歩んで来た。

 さて形はどうあれ、俊介は浩太の家に快く迎えられ、間に1日置いて3日ほど過ごしたが、勝手知ったる我が家のようなもの。これまではあまり顔を合わせていない慎二の存在が多少気にかかっただけで、それも慣れればどうと言うこともなかった。全体に緊張感のない家で、許されれば幾らでも居られそうであるが、ある意味、怖くもあった。自分が大事にしている矜持と言うものまでどうでもよくなってしまいそうな気がして来たのである。

 そうこうしてやり過ごしている内に、兄の壮介から電話が入った。

「どうや、元気にやってるかぁ~?」

「まあぼちぼち・・・。ところで、父ちゃんはどう。機嫌直したかぁ~?」

「漸く素面のことも増えて来て、どうやら、お前には悪いことをした、と思い始めたようやでぇ~」

「ほんまかぁ~? 前にそんなん言うたからと安心して帰ったら、今度は蹴られたことあるでぇ。あのときは血ぃ吐いたわぁ~」

「ところで・・・、指の方、大丈夫かぁ~?」

「いや、指2本、折れてしもた。でも、こんなん軽い方やわぁ~」

「まあそやけど、相変わらず酷いなあ・・・。わかった。それも言うて、反省してもらうから、もう少し待ってた方がええでぇ~」

「分かった・・・」

 浩太は傍で聞いていて、我が身を振り返り、改めて我が家の気楽さを思った。

 反対に俊介は、壮介の声を聞き、父の話を聞いて、妙に懐かしくなって来た。

 家族とは一体そう言うものだろう。愛憎悲喜交々、あらゆるシーンを共に過ごして来て、それぞれに作られた歴史、そして空気がある。おいそれと何処かの歴史や空気と取り換えられるものではないのである。

 

        家族には愛だけでなく憎もあり

        遣り取りしつつ深くなるかも