sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード19)・・・R2.2.10①

             エピソード19

 

 桂木彩乃と西木優真の出会いは、大和郡山城内にある弓道場で行われた夏季弓道大会であった。

 優真は浩太の影響を受けて武道に興味を持ち始め、よりきつくなりそうな受験勉強を乗り切るべく、集中力強化の意味もあって私立西大寺学園高校の弓道部に入った。

 西大寺学園高校は流石に全国でも有数の進学校だけあって、元々集中力に秀でた生徒が多い。弓道部の面々も身長はともかく、アスリート的には体格に劣り、筋力に欠ける分を気力と集中力で十二分にカバーしており、奈良県では常にトップクラスの成績を収め、全国的にも度々好い線まで行っていた。

 優真は小学校4年生から地元のクラブで3年間、中学校のクラブで3年間と計6年間、曲がりなりにも野球で鍛えて来た分、筋力は人並みにあり、持久力は人並み外れてあった。そこに元々気力、集中力に秀でていたから、すぐに頭角を現し、夏前には西大寺学園高校弓道部の代表選手のひとりとして選ばれるようになっていた。

 一方、奈良県立西王寺高校の弓道部のレベルは、学力ほど低くはなくても、決して高い方ではない。その中でも浩太のレベルは微妙であった。顧問のひとり、安曇昌江がそばに居るときはフロックと言い切れない実力を維持しているが、彼女が居なくなった途端に乱れ始め、一般的な新入部員の中に埋もれてしまう。

 そして昌江は、自分が選手として東京で行われる全国大会に出場する為に付き添えないから、結局、この大会では浩太の出場を見送られた。

 1年生では唯一、里崎真由だけが選ばれたが、順当な流れであった。

 試合において優真は物怖じせず、本番を迎えても伸び伸びと放ち、ほとんどの矢をほぼ中央に的中させていた。

 彩乃の方は3年までに幾度となく修羅場を潜り、流石に慣れたものである。また西王寺高校では段違いに飛び抜けていたこともあって、優真と競り合っていた。

 真由の方は長い距離であったことも関係し、散々であった。すっかり引き立て役に回り、他の西王寺生なら捨て鉢になっても不思議ではなかったが、浩太等1年生の声援を力に盛り返し、後半は好い線まで行った。短時間で何かを体得した如くであった。

 昼休み、優真が妹の絵里華を連れて、西王寺生の集まりの中に入って来た。親友の浩太に会いに来たのである。

 実はそれだけではなかった。西王寺生には珍しく、彩乃の凛とした様子に強く惹かれるものを感じ、ライバルとして敬意を表しに来たのであった。

 普通ならここで彩乃はメルアドを聞かれる。堂々とかおずおずとかの違いはあっても、決まってそうであった。

 しかし、行儀の好い優真は決してそんなことをしない。気振りもなかった。ただ素直に敬意を表し、表情だけではなく、瞳の奥まで真摯な思いが表れていた。

 これまで浩太に強く惹かれるものを感じ、こまめに面倒を看ていた彩乃であるが、時間が経っても一定の距離以上は近付いて来ない優真に胸の奥がほんのりと温かくなる、懐かしいような魅力を感じ始めていた。

 初めは、連れて来た飛びっきり可愛く、幾つか年下に見える絵里華をてっきり彼女と思っていたから、彩乃も少し距離を置いて優真を見ていたが、その内に、絵里華の浩太に向ける視線が熱いことに気付き、不安を覚えた。そして言葉の端々から優真の妹と分かり、不安を超えた別な喜びがじわじわと感じられ、ほっこりと胸を温かくしていたのである。

 大寺学園に入っているぐらいだから、当然学業成績の方も、奈良県はおろか、全国的に見ても有数なはず。当然のごとくそれが自信となって、全体に伸びやかな余裕は感じられたが、特に尊大な感じはしない。それが証拠に、自分から親友らしい浩太に挨拶に来たではないか!? おまけに、無造作に妹まで連れて。それに、1年生なのに、学業ほどではないにせよ、奈良県でトップクラスの西大寺学園弓道部の代表として参加し、自分と競り合っている。

 そんなことを胸の中で感じ始めていることに気付いた彩乃はもう恋に落ちていることにも思い至り、普段に似合わず、神妙になっていた。

 幾ら幼げでも真由も女の子。西王寺高校の昼食場所一体に漂う微妙な空気に胸を揺らせていた。浩太を巡る強力なライバルが1人減りそうなことを大いに喜び、新たに出現した更に強力そうなライバルに、心を震わせていたのである。

 結局、自然な流れの中で、彩乃と優真はメルアドを交換し合った。先ずマネージャーの袴田利一が今後の交流を期待して交換し合ったので、彩乃は部長として交換し合ったのである。

≪こんなことは初めて・・・。求められても教えないことが普通やったのに、今日は自分から理由を作って交換を申し出た・・・≫

 彩乃にとってそれがちょっと悔しくもあり、まだ女ではなく女の子の部分が十分過ぎるほど残っていたことに戸惑い、それ以上に嬉しかった。

 人間にはやはり動物的なところが多分に残されているようである。それは当然のように本能的な面に強く表れる。睡眠欲しかり、食欲しかり、性欲しかり、である。

 ただ、我が国のように日常は秘すのが当たり前となっている国において性の本質は押し隠されてしまい、教養を身に纏った層ほど完璧近く隠せているかのようにして日常生活に平安を得ている。

 しかし現実は、そんなに甘いものではないことは、ラジオ、新聞、雑誌、テレビ、最近ではインターネットに流れる不届きなニュースを見れば一目瞭然である。老若男女、貧富、学歴、美醜等々の差にほとんど関係なく、とち狂っている。制度上、世界的に見ても平均以上に秘しているはずなのに、我が国ほどの桃色天国は例を見ないぐらいである。

 それほど人間の裏側に隠された世界は奥が深く、幾ら理性を働かせようと思っても、働かせられないときが間違いなくある。その大きな例のひとつが、生物学的に相性の好い男女が出会ったときである。

 たとえば、この面において我が国より正直に生きている欧米ではよくこんな表現を見かける。

 出会った瞬間にもう、この人に抱かれると思った。

 もっと激しい場合は、会った瞬間に抱かれていた。

 洋画でも時々、会った途端に見詰め合い、やがて抱擁から接吻、更にベッドシーンが始まるのを見かけ、我が国の風習に慣れた私なんかは、好い年をしながらも面喰ってしまう。

 そして、優真と彩乃の相性はどうやらそれに近かったようである。我が国の湿潤な気候と教養層の書生気質のお蔭か、欧米的な瞬間着火剤のようにはならなかったが、メルアド交換からデートを始めるまでにはそんなにかからず、その後の展開も、おっとりとしたところのある優真からは考えられないほどに早かった。気が付いた時には一緒に居る方が普通になっていた。当然、身も心も溶け合うまでもほんの僅かであったし、それはむしろ自然な成り行きであった。

 当然、2人とも弓道は疎かになり、引退の時期になっていた彩乃にはほとんど影響がなかったが、優真は周りの期待を大いに裏切ることになった。

 それだけではなく、これまでどんなことがあっても揺るがなかった優真の学力にまで色濃く影を落とし始めた。

 

        一目会い恋の花咲くこともあり

        其れが全てに成り得るのかも