sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード16)・・・R2.2.7①

                                            エピソード16

 

 山を見上げると、白い綿帽子のような雲が見える。雲の懸かっている辺りまで山を登れば、それは霧になるだろう。空高く上がって山を見下ろせば、それは祭りの日に子ども手から滑り落ちた綿菓子? それとも、また雲と呼ぶだけのことか?

 いずれにしても、視点を変えれば違う味わいがあり、身近な生駒山葛城山金剛山のことでも面白い。これを地球、更に太陽系、銀河系と広げて行けばどうだろう?

 悩みが深くなったとき、そこまで考えて、藤沢浩太は何時も、目の前の卑近な悩みを宇宙的視野で客観化しようとする。

 その内、声にも出始める。

「オーロラを地上と宇宙から見た例がテレビで感動的に紹介されていたそうやけど、地上であれこれやり取りし、頭を悩ませていることでも、宇宙から見たら、どうと言うほどでもないんやろなあ?」

「なあなあ、何を独りでぶつぶつ言うてるん? 藤沢君、ちょっと怖いでぇ~。何か悩んでるんやったら、今日は私が聴いたろかぁ~?」

 ある日の昼休みのこと、クラスメイトの柿本芳江が隣の席に来て話しかけた。1学期の中間試験の後、返って来た答案を見せ合い、人生がどうのこうのと、いきなり深刻そうな話を持ち出したことで、芳江はすっかり打ち解けている。声も表情も蕩けるように柔らかく、優しい。

「ヒューッ、ヒューッ!」

 すかさず周りの男子から揶揄の声が飛ぶ。クラスのアイドルと無骨な男子との組み合わせに、やきもちが少なからず混じっていた。

 女子は何も言わなかったが、浩太に興味を持ち始めた子も何人かいたのか? 視線が決して優しくはなかった。

 浩太は芳江のことを恋愛対象としては全くと言っていいほど意識していなかったから、周りからどう言われようと、どんな目で見られようと、あまり気にならなかったが、弓道部顧問の安曇昌江への思いが知らぬ内に滲み出て、それを芳江に感づかれたのではないかと、どぎまぎした。

 人は思いたいように思うものである。芳江は浩太の慌てた様子を、自分との関係を囃し立てられた故と信じて疑わず、頬を染めて恥ずかしそうではあったが、瞳の奥をキラキラさせて、嬉しさを隠さなかった。

「ねえ、あんな子たちのことは放っておいて、ジュースか何か飲みに行かない?」

 心なしか声に湿り気を帯び、更に艶が加わった。

 奈良県立西王寺高校には残念ながら大阪の府立高校にあるような学生食堂はなかったが、結構大きな購買部があり、文具や日常雑貨の他に、パンやお菓子、飲み物、それに夏はアイスクリームも扱っている。中庭に面しており、そのかなりの部分を占めて、簡単なテーブルセットが幾つか、適当な距離を取って配置されていた。一種場末のオープンカフェと言う趣があり、ほとんど取り柄のなさそうな西王寺高校で浩太の気に入っている数少ない場所のひとつであった(もっとも、昌江への気持ちに気付き、それが片思いではないと知ったときから、逆に、西王寺高校の気に入らないところを探す方が難しくなったが・・・。それはまあ後日の話)。

 実は芳江にとってはもっとはっきりと、西王寺高校で最も好きな場所になっていた。

 それと言うのも、答案を見せ合った勢いで、問わず語りに人生の大問題であるその意味について、あまりにも簡単に持ち出し、時間切れで教室では語り切れなかった分を、ここでじっくり聴いてくれたのである。 

 あのとき浩太は、授業で中断された勢いを、そのままではいけないと勘好く判断したのか? 放課後に黙ってここに連れて来て、紙コップに入った烏龍茶を2杯、前に置いた。

 何も言わないまま、1人で勝手にちびちび飲み出し、優しく深い視線で話の続きを促した。

 大きな体と花柄をあしらった小さな紙コップ、そしてちまちました飲み方の対比が可笑しく、芳江はグッと気が楽になった。

 そしてごく自然に思いの丈を語り尽くし、気が付いたら日が落ちていた。

 生まれてこの方、こんなに自分のことを語ったことはなかった。それも、聞かれもしないのに嬉々として・・・。 

 あんなにニヒリストを気取っていた自分が馬鹿みたいであった。その馬鹿さ加減が嬉しくもあった。そんなに馬鹿になれる自分が更に好きになっていた。

《嗚呼、これが幸せと言うことなんだわ・・・。この幸せを探し求め続けることが人生の意味って知らなかったから、さも何かを知っているかのような顔をして、人生における努力なんて意味がない、などとうそぶいて。嗚呼、恥ずかしい・・・》

 それからの芳江はごく素直な優等生に戻り、更に男子生徒の、それだけではなく男性教員の熱い視線まで集めるようになった。

 芳江は遠い目をしながらあの日のことを思い出し、胸の奥が遣る瀬無いほど熱くなっていた。

 それを抑える為もあって、今度は自分から黙って爽健美茶を2杯用意し、浩太を空いているテーブルセットに誘った。

 浩太は特に何も語り出さず、俯いたままもじもじしている。

《ウフッ。恥ずかしがっている・・・》

 2人とも黙って爽健美茶をちびちび飲み出した。

 芳江はそれでも十分に幸せであった。

 浩太もこの状況は有り難かった。変に聞かれると、昌江への許されぬ思い(?)をつい言ってしまいそうな自分を抑える自信がなかったのである。

 外から見ると、2人は年恰好だけではなく、伸びやかな肢体、持っている空気等、あらゆる面においてお似合いで、些かも疑う余地のないカップルであった。2人が何処までも交わることのない、しかも手が届きそうで届かない平行線上を歩いている、などと誰が思ったであろうか? 

 間の悪いことに、偶々通りかかった昌江は、関われば関わるほど浩太に惹かれるものを強く感じ出し、それを抑えようと言う気持ちもまた強くなっていたから、2つの相反する気持ちがせめぎ合い、冷静な判断力を既に失っていた。

 当然、絵に描いたようなこの状況をその通りに誤解し、これが自然でこれで好いのだ、自分さえ忘れれば、と必死になって思おうとしていた。

 そうすればするほど、かえって思えなくなるのが分からないほど幼くはないはずなのに、無駄な努力を止める勇気を持てないままに、目に力を入れ、底光りさせたまま、2人の傍を黙って通り過ぎた。

 

        大仰に構えて恋を客観視

        そうは出来ずにまた揺れるかも