sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード2)・・・R2年1.27①

               エピソード2

 

 弓道部の顧問としての安曇昌江、実は現在、輝かしい経歴の持ち主であった。大学時代、近畿の学生弓道界ではかなり好いところまで行き、今では全日本でもトップクラスにいる。入学後直ぐにクラブ紹介でそんな話を聴き、父親の藤沢慎二の影響で「朱蒙チュモン)」、「大租栄(テジョヨン)」等、韓国時代劇にはまっている浩太は迷わず弓道部に入った。

 若くて綺麗な女の先生と憧れる面皰面(にきびづら)の男子高校生と、それだけならよくある構図である。まして今まで女の子とデートはおろか、フォークダンス以外で手を握ったことすらない浩太からすれば、何かを具体的に望んでいたわけではなく、ただ今を時めく女(ひと)の近くにいられるだけで幸せであったから、微笑ましいものではないか?

 しかし、幾ら隠そうとしても、強い思慕の情は自ずと滲み出し、どこかに現れるもの。5月の宿泊研修後から特に強くそれを感じるようになり、実は昌江の方でも浩太のことが以前にも増して強く気にかかるようになり始めていた。

 元々韓流スターのような、背が高くて引き締まったタイプ、いわゆるターザンのモデル風の細マッチョが好みであった昌江は、一目で、入部したての浩太がまさにそのタイプであることを見抜いていた。中学3年の夏までサッカーで絞り込んだ長身、細身の上に、引退後に始めたウエイトトレーニングとプロテインで適度な厚みを付け(入学当初の身体測定では身長が183cm、体重が75kgで、胸囲が息を吸う度に100cmを超えようとしていたから、測っていた体育教師の目をそれなりに引いていた)、今ではそれが更に膨らみ、体操服は勿論、制服を通しても十分感じられるぐらいに主張していたのである。

 しかし、流石に昌江はそんな気持ちをおくびにも出さない。初心な浩太は、初め昌江の心の揺れが分からず、それより風評の方に少なからず揺らされていた。

 どうやら昌江は弓道部の主顧問、左近寺周平の愛人らしい。そんな下劣なことがまことしやかに囁かれていたのである。

 左近寺は50歳ぐらい? いや定年間近? 浩太の年からすれば大した違いでもないから、よくは分からない。髭が濃く、立派なもみあげを蓄えているから、野武士を思わせる風貌である。何でも10年ぐらい前までは国体の常連で、更にその10年前までには何度か優勝したこともあるらしい。そして今でも、朴念仁の浩太から見ても、かつての栄光の名残をいぶし銀の渋さとして十分に留めている左近寺であった。

 ライバルと言うにはおこがましく、冗談にもならないが、ともかく浩太は弓道部での活動を始めることにした。マドンナである昌江の身近にいる。今の浩太にとってはそれで十分。それ以上は余計なことであった。

 それでもはっきり噂を聞けば気にかかり、直接ただならぬ雰囲気を感じれば心穏やかではいられない。頭で分かっていてもどうにもならない。それが恋であった。

「なあなあ、昌江ってかっこええよなあ!?」

「うんうん。少女時代のユリ。いや、ひょっとしたらユナにでも負けてへんでぇ~」

「何言うてるんやぁ! そんな低いレベルやない。韓流で対抗できそうな子、言うたら、精々アフタースクールのユイちゃんぐらいかなあ? でも…、幾ら彼女でも一般人としてはちょっと細身やろから、昌江の方が断然上やでぇ~。昌江、最高!」

「そやのに左近寺の狒々爺…。ほんま、許せんわぁ~!」

「こらっ、勝手なこと言うなっ!」

 クラスメイトの下世話な雑談を黙って聞くともなく聞いていた浩太が、突然のように叫んだ。

「お前、何をそんなに顔真っ赤にして怒ってんねん!?」

「あっ! もしかしたらお前・・・」

「なっ、何言うんやぁ~!」

「絶対そうや! えらい慌ててるわぁ~。ハハハ。ハハハハハ」

「そうやそうや! ハハハ」

「ハハハハハ」

「違うってぇ~! 違う・・・。勝手なこと言うてたら先生に失礼やろぉ!?」
「こいつ、1人だけええ子になって・・・」

「そうやそうや。ハハハ」

「ハハハハハ」

「やっぱり好きやもん、しゃあないなあ。ハハハ。別にええやん、そんなこと気にせんでも。ハハハハハ」

「違うってぇ・・・」

 浩太は顔を真っ赤にし、高鳴る胸のときめきを幾ら隠そうとしても隠し切れず、皆の方を押さえようとしても押さえ切れないから、また黙っているしかなかった。

 それに実は浩太も、皆と意見を異にしていたわけではない。むしろほとんど同じくしていたから、認めたくなかったのだ。大人同士の道ならぬ関係、淫らな雰囲気、それに女性についての肉感的な表現、避けようとすればするほど強く惹かれ、我を失いそうになるだけに、今はまだ、できる限りそっと蓋をしておきたかった。

 

        避けるよりそっと蓋しておけばよい
        開く頃には満ちているかも