第3章 その7
冬休み千々に乱れる気持ちあり
年賀葉書きに重過ぎるかも
重過ぎて却って書けぬ気持ちかな
普通の文でちょうどいいかも
冬休みになっても藤沢慎二の気持ちは大野恵子のことで揺れに揺れていた。
まだ恵子は本当に俺のことを思ってくれているのかなあ? 俺の方は相変わらず逃げてばかりいるし、いい加減愛想を尽かされてしまったかも知れない・・・。嗚呼、どうなんやろぉ?
迷ってばかりいても何の結論も出ない。
当然のことやなあ。恵子からの新しい情報なんか何もないままに、勝手なことばかり考えているだけなんやから・・・。これでは完全なる独り芝居やんかぁ~!?
そう反省した慎二は思い切って恵子に年賀状を出すことにした。
と言っても、ただ気持ちが溢れているだけで、文面は以下のように至ってありきたりなものであった。
あけましておめでとうございます。
いよいよ受験ですね。お互いに頑張りましょう。
今年もよろしくお願いします。
これに干支の寅の絵を線描きで添えた。
この辺り慎二は大雑把で、好意を持った女の子宛てだからと言って、手間を掛けてカラフルな年賀状を作ったりはしない。
それで好いのである。この場合、年賀状を出すと言う行為自体に意味がある。表向き、ずっとご無沙汰している恵子に突然のように慎二から年賀葉書きが届く、それがどれほど大きなことか!? 意識し合う二人の間には十分共通理解出来る事柄のはずである。
勿論、それは慎二の思いであって、受け取る恵子の気持ちは分からない。その辺りに思い至らないところが慎二の幼さであった。
焦るから体調崩しまた焦り
暫し休めば落ち着くのかも
正月前になり、慎二は珍しく体調を崩した。どうも勉強が思うように進まない。相変わらずかなり窮屈で余裕のない予定を立て、受験が近くなって以前よりもそれを厳密に捉えようとしていたので、ついつい焦ってしまう。
仕方がないから、掛かり付けの医者、本多久作のところに診て貰いに行くだけで何とか乗り切ろうとした。
診察が終わって本多が言う。
「来年はいよいよ受験だったね? まあ普通の風邪だから、焦るだろうけど、三が日の間は好い物を食べ、ゆっくり休んで、それからまた勉強を始めることだなあ。はい、もういいよ」
「でも、先生、受験が近いから、そんなに休んでいられないんです!」
「・・・・・・」
真剣な表情で言う慎二を見て、ちょっと同情するような、呆れたような、微妙な表情をするが、本多はもう何も言わない。
仕方がなく帰ろうとする慎二に、看護婦の三郷由紀が綺麗な目をきらりと光らせ、ちょっときつい口調で言う。
「今の藤沢君にとっては、疲れた体をゆっくり休めることよりも受験勉強の方が大事なのね?」
「はい!」
そのときは自分自体を否定されたようで、意地でそう答えたものの、結局慎二は寝込み、起き上がれたのは、本多が言った通り三が日が終わってからであった。
手の込んだ返事を貰い癒されて
其れで受験に向かう気になり
しかし、慎二の気持ちにもう焦りはなかった。3日に恵子からの手の込んだ絵入りの返事が来たのである。
文面は慎二同様、ごく普通であったが、直ぐに返事をくれたこと、そしてその返事に慎二よりも手間を掛けてくれた事実が、慎二を甚く喜ばせたのであった。慎二はそれで受験までの2か月間、何とか乗り切れそうな気がしていた。