sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(8)・・・R2年1.8②

             第1章  その7

 

        制服は心の自由縛りおり
        自由であれば別にいいかも

 

 新しい生徒会長の丸井正二は選挙運動のときから目立っていた。先ず、自分から積極的に立候補したところからして、今までとは断然違っていた。全体的に線が細く大人しい北河内高校にあって、丸井は線が太く、声も大きかったし、一際論が立った。それにバンカラ風に着崩した制服等、少し奇を衒うところもあったので、これまでは対抗馬がなく、生徒会係の教師が予め根回ししておいた候補がほぼ自動的に承認されてすんなりと決まる儀式的な行事であった生徒会役員の選挙を、イベントとして面白くしてくれた。それから、ただ精力的なだけではなく、制服廃止運動を公約として掲げていたので、当時のブームに乗っていて、自然と皆の耳目を引き付けたのである。
 当時、大阪府下の各学区のトップ校は次々と制服を廃止し、私服登校が認められていた。準トップ校と言える北河内高校でも要求すれば認められるだろう。それぐらいは教師たちからも信じられているはずだ。丸井にはそう言う目算があったと見える。
 事実、北河内高校において教師たちは、成績さえ許容範囲に収めていれば、細かいことをあまり注意しなかった。禁止されているはずの大型バイクで通学している生徒もいたし、授業中に寝るだけではなく、エスケープする生徒も数人はいた。それどころか、喫煙や飲酒でさえも、直接見付けたのではなく、形跡を見付けたぐらいでは、大きな問題にせず、苦笑いをして済ませる程度であった。

 しかし、いざ丸井が当選し、公約通りに制服廃止運動に取り組んでも、今一盛り上がらない。生徒全員の投票によって決めてもよいと学校側が認めていたにも関わらず、制服のままでいいと言う票が明らかに多く、結局何も変わることがなかった。そして、それを残念に思う声さえ、そんなに大きくは聞こえて来なかった。
 バンド活動をしていて、私服登校を望んでいた青田公彦はひどく残念そうに言う。
「あ~あっ、これやからなめられるんやなぁ!」
「何が?」
 藤沢慎二には何のことかさっぱり分からない。
「ほら、聞いてないかぁ~、2年5組のことぉ?」
「いいや」
「ほんま、藤沢は勉強だけやなくて、何も知らんなあ」
「ひどいなあ。そんな言い方ないと思うわぁ~!」
 言っていることはひどいが、言い方がのんびりしていたので、慎二も半ば冗談っぽく返しただけであった。
「あんなあ、昨日の放課後、2年5組の教室によその高校生らしい奴が2人押し入ったらしいわぁ~」
「ふぅ~ん、それで何かされたんかぁ~?」
「まあ4、5人の男子が殴られただけらしいけど、それにしても教室には他にもまだようさんおったらしいでぇ~。それやのに、そいつらのそ1人がうちの生徒を羽交い絞めにしてもう1人が殴っているのを、他の奴らは遠巻きに見ていただけらしいわぁ~。それで次々に殴られたらしいでぇ~。情けないと思わへんかぁ!?」
 青田は心底悔しそうな顔をする。
「ほんまやなあ」
 慎二は自分が居たとしても何も出来そうにないから、調子を合わせただけであった。
 青田はそれでもよかったのか、続けた。
「そうやろぉ? 若いのに覇気がなさ過ぎるわぁ~! 制服のことかて、自分らが規則と言う暴力に縛られているのが分からへんのかなあへ!? 目の前の受験のことばかりに目を奪われていて、大きなことが見えてへんのやろなあ。嗚呼、情けない」
「どうなんやろ? ・・・」
 慎二としては制服を着ていることがそう苦にならなかったし、縛られているとも思っていなかったので正直に言う。
「受験のことに目を奪われているわけでもないけど、別に制服のことなんか気にならへんなあ」
「何でやねん!? こんなに個性がなく、辛気臭い服に一日中縛られてるねんでぇ~。選ぶ自由を奪われているねんでぇ~。個性的なお洒落をしたいはずのこの時期に何も感じないなんて、絶対におかしいわぁ~!」
「確かに、気になる人でも制服しか着たらあかんと言うのは辛いわなあ」
「そうやろぉ!?」
「そやけど、廃止するかどうかを生徒の全員投票で決めても、結局廃止しないと言う意見の方が多かったんやから、仕方ないやん」
「それや。それがあかんのやぁ!」
 青田にはまた怒りが蘇って来たようである。
「ハハハ。それやったら、今度は青井が立候補して、また制服廃止運動をしたらええやん」
「何言うてるんやぁ!? 一遍せえへんと皆で決めたんやから、暫らくは変えられへんわぁ~。それに、もう一度意見を盛り上げようと思ったら、そりゃ大変やでぇ~」
「ほな、諦めえやぁ~」
「ほんまにもーっ、気楽な奴やぁ。藤沢も皆と同じやなあ・・・」
 青田は呆れたように言う。
 事実、北河内高校には慎二のようなスタンスの生徒が多かった。別に受験勉強に追い込まれているわけではなく、制服を窮屈に感じているわけでもない。そもそも不自由を感じていないのである。
 そこにもし私服を選択する自由が与えられたら嬉しいか?
 決してそんなことはなく、悩みの種が増えるだけだったのである。
 必要以上の自由を与えられてもかえって不自由に思われるだけであるから、はっきりとは意識していなくても、多数の意見として避けたのであろう。

 

        其々に合った自由があるようで
        自由過ぎれば動けないもの

 

        其々に合った器で成長し
        やがて器も大きくしよう

 

 確かに北河内高校には、バンド活動を通して外の広い世界について身を持って知り、切実にそれを望む青田のような者にとっては歯痒い学校だったかも知れない。
 しかし慎二は、もっと世間と繋がり、厳しい競争社会の真っ只中にあるそ大阪城北高校を選ばず、あえてのんびりとした北河内高校を選んで、本心から好かったと思っている。

 何時でも最大限の自由を与えられていなくても、自分たちの器に合った自由を謳歌し、その中で自分たちなりに成長して行ければ十分である。その方がいたずらに傷付かず、かえって成長するであろう。そしてゆっくり器が成長して行けば、もっと大きな自由を受け入れることが出来るようになる。スピード感や生存競争において強い刺激が欲しいのなら、初めから大阪城北高校を選べば好い。
 慎二はそう思いながら、青田のことをぼぉーっと見ていた。
 青田は話すことで納得したのか? これ以上話していても仕方ないと思ったのか? 多分両方であろう。あきらめて慎二から離れ、教室を出て行った。
 授業が始まってからも暫らく、慎二は制服を含め、自由のことについてぼんやりと考えていた。
 慎二の頭は至極のんびりしているのか、話しているときは頭の表面に浮かぶことのみによって適当に口が動いていて、話が終わってからの方が頭の全体に亘ってどんどん動き出す。そして、一旦動き出すと、中々止まらない。
 しかし、このときは制服に対して強い思い入れがなく、次第にどうでもよくなって来た。
 気が付いたら、次の休み時間になっていた。