sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(7)・・・R2年1.7①

           第1章  その6

 

        試験前慣れぬ勉強落ち着かず
        貧乏揺すり騒がしいこと

 

 2学期の中間試験を1週間後に控え、クラブは試験休みに入っていた。これまでならばそれでも柔道場に来てだらだらと過ごしたり、通学途中にある繁華街をぶらついたり、中々試験勉強を始める気にならないのだが、今回は少し違った。折角兄の浩一の机と部屋を別にして貰ったのであるから、藤沢慎二は試験勉強を早めに始めざるを得ないような気にさせられていた。
 しかし、今までそうして来なかったものが、急には上手く行くはずもない。何となく落ち着かず、ついつい貧乏揺すりで回転椅子をギィーギィー言わせ、ぶつぶつ独り言を言いながら部屋の中を歩き出すので、そばで横になっていた母親の祥子にすれば落ち着いて寝ていられたものではない。
「あ~あっ、う~ん、・・・・・・・、う~ん、・・・」
 寝返りばかり打っていた。
 父親の順一は早々と隣の部屋に移り、定期試験前になっても勉強しようとしない浩一と一緒に寝ていた。
 母親の安眠を妨害して悪いと思いつつ、気が付けば慎二は貧乏揺すりを始めていた。

 あくる朝、母親が困った顔をしながら遠慮がちに言う。
「慎二、あの椅子をギィーギィー言わすの、何とかならんかなあ? うるそうて寝てられへんわぁ~」
「そうやなあ。ごめん。これから気い付けるわぁ~」
 慎二にすれば意識して貧乏揺すりしている積もりはないが、そう言うしかなかった。

 

 その後も時々文句を言われながら、続けていると何とかお互いに慣れて来るもので、試験期間も含めて2週間あまり、何とか乗り切ることが出来た。
 それでは今まで以上に勉強出来たのかと言えば、近くに母親の存在を意識して、結局大して集中出来なかった。
 当然結果も同じようなものであった。
 ただ、数学で初めて赤点を取ってしまい、ちょっとしたショックに陥っていた。
 中学校までは理科、数学を得意にしていて、国語、英語は比較的振るわなかったし、高校に入ってからも生物、地学だけはまあまあ好い点を取れていたので、慎二は自分を理系と信じて疑わなかった。それが数学は高校に入ったときから目に見えて落ち始め、とうとう赤点まで取ってしまったのである。
 嗚呼、どうしたものかなあ。やっぱり勉強するしかないんやろか? 何だか面倒なことになりそうやなあ。
 慎二は気持ちが大分重くなっていた。
 それでもクラブが再開されると何となく忘れてしまい、またのん気な生活に戻っていた。

 

        進路まで浮かべるほどの余裕なく
        ただ毎日を過ごすだけかも

 

 中間試験の結果が出てから、担任の鎌田に職員室まで呼ばれた。
 成績については殆んど変化がなかったので、それについては特に何も言わない。ベテラン教師の鎌田にすれば、成績のあまり振るわない生徒が一度や二度赤点を取るぐらい、大したことではなかった。ごく普通のことであったから、淡々と結果を告げ、話を変えるような感じで、
「ところで、進路についての希望を聞かせてくれるかぁ?」
と言った。
 慎二は、進路についてはまだ具体的に考えているわけではなかったので、家庭の事情を考え、
「自宅から通える国公立に受かれば行きますけど、駄目だったら働きます」
 としか答えられなかった。
 鎌田は進路を聞くことで具体的な目標を持たせ、やる気を出させたかったのであろう。大学に行くものとして重ねて聞く。
「それで何処辺りを狙っているの?」
 北河内高校では毎年数名程度しか就職せず、それも殆んどが気の利いた女子だったので、のんびりしていて、しかも大して勉強していなさそうでも国公立の合格最低ライン辺りには何とかいる慎二が、すんなり就職するとは考えられなかったらしい。
「いや、まだ具体的には・・・」
「少し頑張って府立浪速大か、教師になるんだったら浪速教育大辺り・・・。どうや、下宿をする気は全然ないのかなあ? もし出来るんやったらもっと選択範囲が広がるけどなあ」
「いや、下宿は無理だと思います」
 慎二は一言のもとに答える。
 成績的に行けるところがあったとしても、経済的には国公立の自宅通学が精々で、それも今のところ浩一が高校を出て就職する積もりでいるから成り立つ話だと考えていたから、そんなことは端から考えていなかった。
 慎二の家では父親が塗装職人で、しかも体が強い方ではなかったから、母親がパートに出て家計を助けている。それをそばでずっと見て育った慎二は、経済的な面では諦めが好かった。
「でも、奨学金もあるし、成績が良くなれば学費免除もある。それに家庭教師とか、割の好いアルバイトをすれば、下宿をしてもご両親にはそう負担を掛けることもないと思うよ。今からあんまり狭く考えないで、色々検討してみたらどうかなあ」
「は、はい」
「それではもう戻っていいよ。しっかり頑張って」
 それ以上話していても具体的なイメージがさっぱり湧かないので、解放されて慎二はほっとしていた。
 要するに、聴かれたからそれなりに答えただけのことで、慎二にすれば大学に行くことも就職することも、言葉以上のイメージはなかった。進路について大きな夢を見ることを諦めている分、中学校のときと同じように、ただ毎日を何となくお気楽に過ごせればそれでよかったのである。
 しかし、流れにせよ進学校に来てしまうと、どうやらただ毎日を無難に過ごすだけでは周りが放っておかないらしいことに漸く気付かされ、ちょっと焦るものも覚え始めていた。